こんにちは。またしてもフミです。 またしても―――なんて、何か企んでいそうな響きがありますけど、何も企んでなんかいませんよ。どちらかと言うと何も考えて……ゲフンゲフン……前回も説明しましたが、わたしは東京郊外の1LDKのマンションで暮らしています。二人暮しです。 わたし以外の居住者は、理平くん。理平くんは、わたしの恋人です。 週末のある晴れた日のことです。 「理平くーん、ちょっと手伝ってー」 久しぶりの快晴、空は青い色紙でも貼り付けたように青一色。わたしはベランダで布団を干そうと、羊毛の敷布団と格闘しています。 これがとっても言うことをきかない敷布団で、ベランダの手すりの上に乗っけようとすると、ズルリとわたしに被さってくるのです。何度押しても、ズルリ。まるで大きな犬に甘えられているみたいに。 「もうっ、言うこときいてよー」 重くて腕がブルブル震え始めた頃、ヒョイと白い犬――もとい敷布団が、ベランダの手すりに乗っかりました。 「ごめん、聞こえなかった」 理平くんです。 ここのところのハードな残業のせいか、ちょっとお疲れ気味の理平くんが、コーデュロイのズボンとハイネックのセーターで、テキパキと敷布団を手懐けています。 「理平くん、犬と猫、どっちが好き?」 「……犬かな」 「わたしは猫が好き」 「うん、知ってる」 敷布団に洗濯バサミを大きくしたようなストッパーをかませると……それがまた首輪のように布団に巻きつくものだからわたしは笑っちゃいそうになったんですけど……理平くんが手を出してきました。 「布団、おれが叩くよ」 「そう? お願いね」 布団叩きを渡した瞬間、パァァンと、ものすごい音が響き渡りました。 「り―――理平くん?」 パン、パシーン、パーンン。 パァァァァァァン! 「あの、そんなに強く叩かなくてもいいんだよ?」 まるでわたしのことなんて見えてないように、無表情、無言のまま、理平くんが布団叩きを振るいます。 「りっ理平くん!」 ヒィィッと悲鳴を上げそうになった瞬間、理平くんの腕が止まりました。フゥッと大きな息を吐いて。 「あー、スッキリした。ここのところ運動不足で、ちょっと身体が重くてね」 「……そ、そう?」 本当に運動不足? 何かイヤなことでもあったんじゃないの? そう聞きたくなる気持ちをグッとこらえました。理平くんは、人に自分の問題を聞かれることを嫌うのです。ほっといてくれ、タイプなんです。 わたしは気を取り直して、ベランダから空を見上げました。 「今日、すごく良い天気ね」 「うん」 「空が青くて、気持ちいい。こんなに真っ青で、絵の具で塗ったみたいだし。空って不思議ね。気持ちまで晴れ渡りそう」 だから元気を出して。 にっこり笑ったわたしの隣で、理平くんもニッコリ笑いました。 「フミが言っているのは、レイリー散乱のことだね」 「れ、れいり?」 「そう、レイリー散乱」 そうじゃなくって、と反論する暇もないほどの勢いで、理平くんの唇からスルスルと言葉が出てきます。 「かいつまんで説明するとね、電磁波の波長が粒子の直径より大きいときにレイリー散乱が起こるんだけど、可視光線、つまり目で見える光線は、波長0.38〜0.77μmの電磁波なんだよ。この波長は空気分子よりも大きくて、散乱される度合いは波長の4乗に反比例することがわかっているんだ。青っぽい光の波長は短く、赤っぽい光は青っぽい光の2倍くらい波長が長い。つまり散乱される度合いは波長の4乗に反比例するんだから、単純計算で青っぽい光は赤っぽい光より2の4乗つまり16倍も散乱されやすいことになる」 「………」 「分かりやすく言うとね、空気分子に光が当ったとき、青っぽい光の方が赤っぽい光よりも散乱されやすい。だから空は青いんだ」 「………」 「な、不思議でもなんでもないだろ?」 とっても不思議です。 わたしはプウウッと頬をふくらませると、理平くんの持っていた布団叩きを奪い、力任せに布団をパァァンと叩きました。 時々―――ニッコリ笑う理平くんの鼻を、ギュウッとつまんでやりたくなります。 もうっ、理平くんの鈍感、鈍感、鈍感! どうして分かってくれないのようっ。励ましてるつもりなのにっ。 「理平くーん」 午後3時、ちょっと小腹もすいたことだし、理平くんに声をかけました。 「プリン、食べる?」 リビングで何だかよく分からない基盤とにらめっこをしていた理平くんは、わたしの声に顔を上げて言いました。 「うん。―――なんで?」 「……え?」 対面キッチンの真ん中で硬直しているわたしに向かって、理平くんがなおも言います。 「なんで?」 「え、えと……?」 プリンを食べる意義を熱く語らなければならないのかしら。 ブドウ糖が不足すると脳にもよろしくないって聞いたことがあるよ……とか、なけなしの知識もくっ付けないと駄目かしら。 唸っているわたしに向けて、理平くんが笑顔で言いました。 「今すぐ食べるの? 今から作るの? 今から買ってくるの? なんで、プリン食べるか聞いたの?」 「………」 なんで聞いたのかって………。 「ああ、プリンに関連して手伝うことが―――」 「ないよ」 「ない? じゃあ、これから買ってくるってことか。今は出かけたくないんだけど」 「ちっ違うの、そうじゃなくって」 わたしはモゴモゴと言いました。 プリンはあるんだけど、手伝ってほしいことはなくって、プリンはわたしが食べたいから、食べようと思って、そうしたら、理平くんも食べたいかなって思って、だから今から食べるからお誘いの意味で、そういうつもりで聞いたの。 「そう。だってさ、今から食べるのと今から作るのと今から買ってくるのとでは、返事も変わってくるからね」 「今から食べる?」 「いや、今すぐはいいや」 「………」 わたし、冷蔵庫の平たい胸に、思わず顔を埋めたくなっちゃいました。よよよ、なんて泣き声をあげながら。 あなたの方が、よっぽど理平くんより四角四面じゃないわ、なんて…。 ベランダに干していた布団を部屋に戻して、洗濯物も取り込んで、ふと見ると、理平くんがリビングのソファーでうたた寝をしていました。 これはとっても珍しいことです。理平くんがうたた寝をしている姿なんて、4年の付き合いの中でも片手で数えるほどしか見たことがありません。 ここのところ、ハードな残業が続いていたし。 少しでも休んでもらいたいと思って、毛布をかけてあげようとした瞬間――― 「最悪だ」 という呟きが。 「え?」 思わず聞き返すと、理平くんがムクリと起き上がりました。 「最悪だ。寝ちゃったよ」 「そうとう疲れていたのね」 「………」 理平くんは寝起きでトロンとした瞳を、わたしへと向けてきました。どことなく不機嫌そうです。 「どうしたの?」 「………」 「なに、どうしたの?」 少し乱れた髪を余計にグシャグシャに乱しながら、理平くんが「うあー!」と叫び声をあげました。 「昼間に1時間眠ったとしても、夜は夜できっかり6時間眠ってしまうに決まっているんだ。無駄だよ、なんて無駄な時間を過ごしてしまったんだろう。しかも、フミ、きみったら太鼓も叩かないで、何を持っているんだよ。おれを熟睡させるつもりだったね!?」 理平くんがわたしの持っている毛布をビシイッと指差してきました。 「………」 太鼓というのは、前回の、あの100円ショップで買ってきた太鼓のことだと思われます…。 それより何より、まるでわたしが理平くんを唆して、悪の道に引きずり込もうとしていたかのような口ぶりです。 「どうして太鼓を叩いてくれなかったのさ。せっかくの機会だったのに」 「だって、忘れてたんだもん」 プウッと頬を膨らませて、そっぽを向いたわたしの目に、窓の外に広がる夕焼け空が飛び込んできました。 「―――わあ、きれい」 ケンカのようなものをしていたことも忘れて、わたしは思わず窓に走り寄りました。 「ねえ、見て、理平くん、すっごくきれいね」 「うん」 「不思議ねぇ、昼間はあんなに青かったのに…」 言ってしまってから、しまったと思いました。 思った時には、もう手遅れでした。 「夕焼けが赤いのはね」 理平くんがニッコリ笑って解説を始めます。 「太陽の位置が低くなるせいで、大気の層に対して斜めに光が射し込むから、昼間に比べてより長く空気の中を通る。だから夕陽や朝陽は赤く見えるんだよ」 な、不思議でもなんでもないだろ。 また昼間と同じことを言われました。 でも…… ふと思いついて、わたしは聞いてみました。 「ね、どうして夕焼けがこんなにきれいに“思える”のかしら」 「うん?」 理平くんはしばし無言になって夕焼けを眺めたあと、ニッコリ笑顔で言いました。 「それはきっと、今日が何事もなく終わろうとしているせいだね」 「何事も、なく…?」 「そう、特に変わったこともなく、平和に」 「………」 色々と反論したいこともありましたけれども、わたしもにっこり笑いました。 「そうね、何事もなく、平和だったね」 布団を必要以上に強く叩いたり、冷蔵庫に泣きついたりもしたけれど、おおむね平和でした。 結局、ケンカらしいケンカはしなかったし、わたしが理平くんの鼻をギュウッとつまむような事態にも陥りませんでした。 これ以上の不思議は、きっと世の中にそうそうないでしょう。 こんなに行き違うわたしたちなのに、仲良く暮らしていること。―――それが不思議なことナンバーワンです。 並んで夕焼けを眺めていると、理平くんがあっと声を上げました。 「どうしたの?」 「……プリン、食べ忘れた」 わたしたちは顔を見合わせて、まるで子供同士のように笑い合いました。 |
| バカップル第2弾です。 なんだかどうしようもなくユルユルですみません。 肩の力を抜いて読める作品を目指そうかなぁ… なんて、言い訳をしてみたり。 一応、これでもシリーズなんです。 (2005.01.06) |
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