+-++-++ 雲とコロロン ++-++-+
   
 
 コロロンは、おかあさんとおとうさんとおにいさんと一緒にアジサイ畑の真ん中に住んでいます。隣にはかたつむりのグールさん一家が住んでいます。グールさん一家の末っ子ツノコと、コロロンはとても仲良しでした。
「ねえ、ツノコ」
 青々としたあじさいの葉っぱに腰掛けて、コロロンは隣に座るツノコに言いました。
「雲はどうして、いつも僕たちと一緒にいてくれないのかなぁ」
「くもって、お空の、あの雲のこと?」
「そう、あのモクモクと楽しそうにお空の上で踊っている雲のこと」
 コロロンに言われて、ツノコが突き出た目をニュウッと空へと向けました。雲は灰色熊のように勇壮に、空の上をのっしのっしと歩いていくようでした。
「あたしは、雲なんて、あっちに行っても構わないわ」
 ぶるりと目と角を震わせて、ツノコが言いました。灰色熊のような雲が、ちょっぴり怖くなったのです。
「ツノコは雲が嫌いなの?」
「ええ、嫌いよ、雲なんて。――それよりタイツリソウが花を咲かせたのよ、可愛らしいんだから、見に行きましょう」
 ツノコは空にプイと背中の殻を向けると、歩き出しました。ハート型の花を咲かせているタイツリソウのところへとノロノロ進んでいきます。
 けれどコロロンは葉っぱに腰掛けたまま、空を見上げて垂れた足をブラブラとさせました。
「雲さん、雲さん、僕の小さな声が聞こえるかい。僕は一生懸命大きな声を出しているのだけれど、これで精一杯なんだよ。僕の声はお空まで届くかしら。ねえ、雲さん、雲さん、僕は雲さんのことが好きだよ。どうか僕と一緒にいてよ。一緒に遊んでよ」
 空の上をのっしのっしと進んでいた雲は、少し困ったように肩を揺り動かしたようでした。


 次の日から、アジサイ畑では雨が降り続いていました。アジサイ畑は六月の国にあります。六月の国の国王は、六月の国に住む人たちを気遣っておられましたが、雨が相手では国王とてどうしようもありませんでした。
「大変だー。クグイ川があふれてきたぞー!」
 あまりの大雨に、六月の国を縦に流れるクグイ川が氾濫してしまったのです。六月の国はもう、どこもかしこも水浸しです。
 アジサイ畑も水浸しでした。あふれてきたクグイ川の水と、空から降ってくる雨で、まるでそこが川になってしまったように辺り一面、水につかっています。
「あーん、あーん」
 水に浮かぶ葉っぱから、小さな泣き声がします。ツノコでした。あふれてきた水に流されまいと、グールさん一家はアジサイの葉っぱにつかまっていたのですが、その葉っぱが千切れてしまって、ツノコだけ流されてしまったのです。
「ツノコ、しっかりおし。すぐに助けを呼ぶからね」
 グールさんもグールさんの細君も、ハラハラして右往左往しています。実はグールさん一家はみんなカナヅチで、泳ぎの上手い者がいないのです。それでも何とか元気付けようと、葉っぱの上で泣くツノコに声をかけます。
 そこへ、ちょうどコロロンたちが行き合いました。
 グールさんが涙ながらに、コロロンのおとうさんおかあさんに訴えかけます。
「どうかツノコを助けてやってください。私どもはみな泳ぎが駄目なのです。お願いします。お願いします」
「それは大変だ」
 すぐにコロロンのおにいさんが、バチャンと水に飛び込みました。コロロンのおにいさんはとても泳ぎが上手なのです。
 ところが、あまりにも水の勢いが強いせいで、コロロンのおにいさんの頭がどんどんと流されていきます。
「しっかり」
「あともうちょっとよ、頑張って」
 おにいさんは何とか頑張って泳ぎ切り、ツノコの乗っている葉っぱまでたどり着きました。
 ところが、コロロンのおにいさんが葉っぱに手をつくと、クルクルと葉っぱが回転してしまうのです。おにいさんの重さで、葉っぱが揺れてしまうようでした。そのたびに、ツノコは不安そうに角をブルブルと震わせます。
 そのままクルクルと回転しながら葉っぱは流されていき、とうとうツノコもおにいさんも見えなくなってしまいました。
 ふたりの姿が雨の向こうへと消えたとき、コロロンがメソメソと泣き出しました。
「僕のせいなんだ、僕のせいなんだよ」
 コロロンのおとうさんもおかあさんも、グールさん一家も、何のことだか分からなくてオロオロしていました。


 六月の国の国王グゲェル(王冠をかぶった大きなカエル)の前に通されたコロロンは、泣きながら訳を話しました。
 毎日空を見上げていたコロロンは、雲がいつも通り過ぎていくばかりなのに気付きました。のっしのっしと、その歩みは決して止まることがなく、コロロンは淋しくなったのです。
 もうちょっと一緒にいてくれたらいいのに。
 そんな気持ちが胸の中でいっぱいになってしまい、とうとうあの日、雲にお願いしたのです。雲も空の下で手を振るコロロンに気付いていましたから、どうやらその気になったようなのです。
 国王はコロロンの話を聞いて、大きくウンウンと頷きました。
「おまえのその気持ちはよく分かる。私も小さな頃、アヤメの花にどうかもっと一緒にいてくれと泣いて頼んだ覚えがあるよ」
 国王の優しい声に、コロロンは涙をそっとぬぐいました。
「けれどね、コロロン。もしずっと誰とでも一緒にいられたら、私たちは『さようなら』の言葉を知らずに過ごしてしまう。『さようなら』がなければ、『こんにちは』も『また会えて嬉しいよ』という言葉もなくなってしまうのだよ」
「……おはよう、も?」
 コロロンの声に、国王は大きく頷きました。
「そうだ。おはようも、こんばんはも、おやすみなさいも。そうしたら、きっと声をかけ合う言葉がなくなってしまうよ」
 国王に言われて、コロロンはその通りだと思いました。
 すぐに国王の住む立派な茂みのお城から飛び出して、空へと向かって言いました。
「雲さん、雲さん。僕は雲さんのことが好きだけれど、お別れを言わなければなりません。さようなら、さようなら。とっても淋しいけれど、また会いに来てね」
 空の上でモクモクと踊っていた雲は、コロロンのその言葉を聞いて、まるでさようならと言うように大きな風を起こして、のっしのっしと進んでいきました。
「さようなら、雲さん。きっとまた会いに来てね、きっとだよ」
 コロロンは空に向かって手を振り続けました。
 雨はいつの間にかやんでいました。水浸しになっていた六月の国も、少しずつ水が引いてきて、住人たちもホッとしています。
 そしてその日の夜、水に流されてしまったと思っていたツノコとコロロンのおにいさんが、歌を歌いながら帰ってきたのです。
 ふたりは風の歌を歌っていました。

    ぴゅうぴゅうぴゅーん。
    あの子の頬にもあの子の髪にも、優しく触れながら。
    ぴゅうぴゅうぴゅーん。
    今日の朝にも明日の昼にも、たちまち駆けていく。
    ぴゅうぴゅうぴゅーん。
    いつも歌うよ、あの子のためにも、またねまたねと歌うのさ。


 
end  

 

こういうほのぼの童話が好きです。
また書きたいなぁー。
それにしてもコロロンって何者なんでしょう。
六月の国に行けたら分かるのにー(笑)

(2005.09.19)
 

 

インデックス           小説置き場