冷たい風がカタカタと、お日様の高くなったことを知らせるように窓をノックします。窓の外は冬枯れ。痩せて骨ばかりになったような木の枝たちは、風になぶられてとても寒そうです。 町の大鐘が、正午の合図を打ち鳴らしました。 ルールーは銀色の針を置くと、両手を高く頭上に伸ばしました。 悪い魔女の魔法を解いたことで、ルールーは大金持ちのポレミック家の、専属のお針子になったのです。 優しいポレミック家の子息から、ルールーはお屋敷の西のはずれにある一軒の家を与えられました。 その家は、ルールーが昔住んでいた日当たりの悪い集合住宅とは大違いです。とても使い勝手がよく、小さくても暖かくて、清潔でした。風は窓をノックするだけで、部屋の中には入ってきません。 ルールーはその幸せに頬を火照らせて、家を出ました。 途端に冷たい風がルールーのふっくらした頬を叩きましたけれど、ルールーの頬は幸せに火照っていたので、なんともありませんでした。 「うーん、今日のお昼ごはんはなんだろう」 歌うようにそう言うとルールーは小走りになって、お屋敷の台所に急ぎました。その顔はとっても幸せそうです。以前のルールーには、おなかをふくらましてくれるパンも、喉を潤してくれるミルクも満足になかったのですから、それも不思議ではありません。 ルールーがお屋敷の台所へとつながるドアを開けると、お屋敷は大騒ぎでした。 「たいへんだわ、たいへんだわ」 「まあ、どうしましょう」 お屋敷の人たちは、口々にそんなことを言いながらお屋敷の中を走り回っています。台所で働く女たちまで一緒になって騒いでいるのです。いつものお昼とは違います。いつもはドアを開けた時から匂ってくるスープの匂いも、今日はしません。 ところで、ポレミック家はこの地方で一番のお金持ちでしたが、街にはそれ以上のお金持ちがたくさん住んでいます。 つい先日も、王様の遠縁にあたる姫様が旅の途中でポレミック家を訪れ、しばらく逗留したいと言ってきました。街から南の保養地まで行く間に、ポレミック家のお屋敷はあったのです。 ポレミック家の人たちは、姫様に不調法があってはいけないと、先日からピリピリし通しでした。特に料理長は、心を込めて作った料理を姫様が一口も召し上がらなかったのでたいへんガッカリし、それからはポレミック家の人たちが美味しいと言ってくれている料理でさえ、申し訳ない顔で作っていました。 その姫様のことでなにかあったのだろうかと、みんなの騒ぎようを見てルールーが考えていると、やはりその通りでした。 なんでも、姫様の大切な真珠の耳飾りがなくなってしまったのです。 それも、盗んだと名指しされたのが、あの背の高い男の人だったのですから、ルールーはびっくりしてお昼ごはんのことを忘れてしまいました。 背の高い男の人はポレミック家の子息の従僕で、以前悪い魔女にクマにされてしまったあの人です。 「あの人が、まさか!」 ポレミック家の人たちは背の高い男の人のことをよく知っていたので、信じようとはしませんでした。けれど、姫様の耳飾りがなくなったのは本当なのです。 背の高い男の人の無実を証明するためには、その耳飾りを探し出さなくてはなりません。 かわいそうに、背の高い男の人は、姫様の従者の呼んだ警察に引っ張られていって、牢屋に入れられてしまったというのです。それで、お屋敷中が大騒ぎだったのです。 ルールーは急いでお屋敷を出ると、庭を隅々まで探しました。 あの人が盗みを働くなんて考えられません。ルールーは、きっと姫様が散歩中にどこかに落としてしまったのだと思ったのです。 庭木の下にまで顔を突っ込んで探しているルールーを、何か小さな声が呼んでいます。 そっと耳を傾けると、「ちょいと、もし」という声が、やはり聞こえました。 ルールーがその声のする方を見ると、まあ、なんということでしょう、この寒い季節に青々としたアマガエルが、黒いつぶらな瞳をルールーに向けているのです。 「カエルさん、寒くはないの?」 「寒いに決まっているよ。でもとにかくわたしゃね、お使いにきたんだから」 アマガエルはぶるぶる震えながら、ルールーの手にぴょんと飛び乗ってきました。どのくらいそこにいたのでしょう、アマガエルの体はひんやりとしていました。 ルールーはアマガエルを不憫に思い、耳飾りを探すのをいったんやめて、自分の小さな家にアマガエルを連れていきました。 赤々と燃える暖炉の火にあたり、アマガエルは生き返ったようにケロロと鳴きました。ルールーはアマガエルのために、大急ぎで腹巻をこしらえてあげました。アマガエルの白い丸々としたおなかを包む腹巻はとても暖かそうです。 「あなたはお使いにきたと言っていたけれど、どんな御用があって来たの?」 「おお、そうそう、忘れるところだったよ」 アマガエルは特製の腹巻に気をよくして、ルールーの肩の上に飛び乗りました。そうして、ルールーを急かすのです。 「さあ行こう、さあ行こう」 「行くってどこへ?」 「とにかく行けば分かるさ」 そんな風に急かされて、ルールーはお屋敷を後にしたのです。 * ポレミック家のお屋敷の西側には小高い丘があって、その向こうには湖が広がっています。 夏にはここにボートを浮かべて、ポレミック家の子息と背の高い男の人が、静かな湖面に釣り糸を垂らしていました。時にはお嫁さんと一緒に、ルールーもボートに乗せてもらいました。 その湖も、今のこの寒い季節には誰の姿もありません。わずかな水鳥たちがいるばかり。寒々しい湖の傍に立ち、ルールーはぶるりと体を震わしました。 「カエルさん、こんな遠いところからお屋敷まで、歩いてきたの?」 「ふふん、カエルが歩くものか! さっそうと空を飛んでいったのさ」 アマガエルはそう言って、けれどその後で「水鳥の足につかまってね」と小声で付け足すのを忘れませんでした。腹巻をこしらえてくれたルールーに、嘘を言うのはためらわれたのかもしれません。 それにしても、湖は見るからに冷たそうです。風はぴゅうぴゅうと湖面を吹き渡り、小さな波飛沫はまるで氷のように真っ白なのですから。 けれどそんなことはおかまいなしに、アマガエルはルールーの肩を蹴って飛び上がると、湖の中へ飛び込みました。 「さあ、もうすぐだ。行こう!」 湖面から顔を出し、アマガエルはルールーを急き立てます。けれど、ルールーはカエルではありません。水の中では息ができないのです。 「待って、ちょっとだけそこで待っていて」 ルールーは一番下に着ていた肌着を破ると、それを小さくいくつも裂いていきました。そして次にはせっせと、小さく丸めて縫っていきます。中にはたっぷりと、新鮮な空気を入れて。 まるでブドウの房のようにたくさんの、小さな空気の袋をつくると、ルールーはそれをズボンのベルトに結わえました。 湖の中に飛び込むのは、とても勇気がいりました。寒さと冷たさで心臓が止まってしまうかもしれません。 けれどルールーはえいっとばかりに飛び込むと、アマガエルの達者な平泳ぎについて湖の中を潜っていきました。息が苦しくなると、ブドウの房のようになった空気の袋から、空気の玉を食べました。 そしてとうとう、湖の底に到着しました。 そこはルールーの見たことのない世界でした。 水草たちは優雅なダンスを踊り、夏の間にはちっとも釣り糸を引っ張らなかった魚たちが、ルールーの手や足をツンツンと突っつきます。 「なんだ子どもじゃないか」 急に声が聞こえてきてルールーがそっちを見ると、大きな岩の上にデンと、一匹のヒキガエルが座っていました。 ルールーをここまで連れてきた青々としたアマガエルと違って、そのヒキガエルは全身に乾いた土をまぶしたような灰白色で、とても大きな体をしています。 アマガエルは何か言いかけましたけれど、ヒキガエルの傍で小さく身を縮めました。 ヒキガエルはアマガエルのつけている腹巻に目をとめて「おまえが縫ったのか?」と、ルールーに聞いてきました。 ルールーは素直に頷きました。 「それなら、おまえでいい」 ヒキガエルは大きなおなかの上で両手を合わせると、威厳をもたせるように背筋を伸ばして、ルールーを見下ろしました。 「おまえに頼みたいことがある」 その声は意外にも高いものでした。高い声をわざと、しわがらせて、低くしようとしているようでした。 もしかしたらこのヒキガエルはメスなんじゃないのかとルールーは考えていました。それも少しの間だけのことです。 「マントをひとつ、こしらえてもらいたい」 ルールーは身振りだけで「どんなマントですか?」と尋ねた。口を開けると最後、そこから水がザブザブ入ってきて、物は言えないし、息は苦しいし、大変なことになるのです。 「袖なしのやつだ。ケープ状の」 ヒキガエルは答えます。 まさかヒキガエルにマントをこしらえるように言われるとは、ルールーも想像していませんでした。本当ならとっくに、カエルたちは土の中で眠っているはずなのです。それとも、あまりに寒くて防寒着が欲しくなったのでしょうか。 ヒキガエルはとても細かく注文をつけてきました。 それもとっても風変わりな注文でした。 生地はとにかく丈夫であること。厚い生地であればなおよいこと。そのマントのすべてを覆うように刺繍をほどこすこと。それもクモの巣の形であること。糸は、灰をたっぷりまぶした糸を使うこと。そして、暖炉のすぐ前でこしらえること。 最後にマントの大きさを聞いて、ルールーはびっくりしてしまいました。 その大きさだと、ルールーの背丈よりも長いのです。 「もちろん、ただで作れとは言わない」 「あっ、それは!」 思わずルールーは叫びました。ヒキガエルが、岩の裂け目から、真珠のついた耳飾りを出したのです。 叫んだ途端、ルールーの小さな口から、たくさんの空気が、まるで鳥たちが怯えて飛び立つように放出されました。ルールーはブドウの房のようになっている空気の袋からひとつをつまみ、口に放り込みました。 そうしてもう一度、落ち着いてその耳飾りを見ました。 間違いありません。 ルールーは姫様が到着したとき、ポレミック家の人たちと一緒に出迎えの列に並んだので、姫様の耳飾りを見て覚えていました。ええ、間違いなく、あの耳飾りなのです。 「もしおまえにマントを見事こしらえることができたら、褒美としてこれをやろう。ただし――」 ヒキガエルはルールーを見下ろし、ひとつ条件をつけました。 「ただし、おまえはマントを完成させるまでは、ひとっことも喋ってはいけないよ。誰とも、だよ。喋ったら、たとえマントが完成しても、これはやらない」 さあどうするという風に、ヒキガエルはルールーを見下ろしました。 ルールーに断る理由はありませんでした。 * 湖から出ると、冷たい風がルールーに吹き付けてきました。 ルールーが歯をガチガチと鳴らしながら震えて歩いていると、お屋敷の入口でポレミック家の子息と出会いました。子息はルールーのびしょ濡れの姿を見て、飛び上がるほど驚いたようです。 「なんて姿だ。こんな寒い日に」 ポレミック家の子息はとても優しい人でしたので、自分の洋服が濡れるのも嫌がらず、ルールーを自分のあたたかい外套で包みました。そして背中や腕やいろんなところをさすります。 「とにかく家へ戻ろう」 優しい子息に抱えられるように、ルールーはお屋敷に戻りました。 お屋敷ではまだ大騒ぎが続いていました。あの耳飾りがどうしても見つからないのです。それも無理はありません。耳飾りは湖の底にあるのですから。 ルールーはあの湖の底で見たことを、ポレミック家の子息に話そうかどうしようか迷いました。けれどすぐにルールーは、それはよくないことだと思いました。 ヒキガエルと約束したのですからね。マントが完成するまでは、誰とも話さないということを。 ポレミック家の子息は出かける準備を始めました。ちょうど、さっきルールーと出会ったとき、子息は出かける途中だったのです。 ルールーはポレミック家の子息について行きました。 着いたのは、物々しい警察署でした。あのかわいそうな背の高い男の人は、警察の牢屋に入れられているのです。ポレミック家の子息は、背の高い男の人を釈放するよう、嘆願に来たのでした。 牢屋の鉄格子の向こうで、背の高い男の人は微笑みました。その顔は寒さで青白くなっています。 ルールーは、自分が牢屋に入れられた時のことを思いました。ルールーも黄金の糸を盗んだと言われ、牢屋に入れられたのです。寒くて、心細くて、震えていました。 あのとき、助けに来てくれたのはこの背の高い男の人でした。 ルールーはそっと鉄格子の間から手を差し入れて、背の高い男の人の手を握りました。元気付けようと思ったのです。 ところが、男の人は反対にルールーを元気付けようと笑い飛ばします。 「おいおい、なんて冷たい手だよ。まるで氷姫につかまれたようじゃないか。おまえが震えてどうする。しっかりあったかくして、風邪を引かないようにしないと駄目だぞ」 マントが完成するまでは誰とも喋ってはいけない約束でしたが、このときはその心配もありませんでした。胸が詰まって、言葉にならないのです。涙ばかりがあふれます。 ルールーは何度も頷きました。 きっとここから出してあげます。きっときっと。今度は僕が助けにいく番です。ルールーは心の中で、背の高い男の人に約束しました。 * 暖炉の炎はいよいよ赤く、まるで地の底に住む不気味な化け物が躍り出てきて、体を伸ばしたり縮めたりしているようでした。 ルールーは黙々とマントに刺繍をしています。チクチクと、銀の小さな針のサーベルが、マントにきれいな模様を描いていきます。 最初はなんでもないことでした。 暖炉は暖かく、刺繍をするのに手がかじかむこともありませんし、真っ暗で何も見えないということもないのですから。 ところが、だんだんと時間がたってくるにつれて、ルールーはつらくなってきました。眠くてしようがないのです。 赤い炎はルールーの頬を火照らせ、体を熱くさせ、そうやって眠りの世界へと誘おうとしているのです。 ルールーは何度も目をこすりました。そうすると、糸についている灰が顔を汚し、目を曇らせ、余計に目をこすらなければなりません。 何度もパチパチと瞬きをしている内に、だんだんと針を動かすスピードも落ちてきます。 そんな風に眠気にとらわれていると、時々、思わないでもないのです。 もしかしたらあのヒキガエルは悪い魔物ではないのだろうか。 姫様の耳飾りを盗んだのが、あのヒキガエルだったらどうしよう。 このマントが悪いことに使われてしまったらどうしよう。 そんなときは、ルールーは牢屋に入れられた背の高い男の人を思い出し、不安を心から追い払いました。とにかく耳飾りを取り返すことが大事なのです。 ルールーが誰とも喋らず、ごはんも食べずに家に閉じこもっていると聞いて、ポレミック家の子息が様子を見に来ました。けれども、ルールーは微笑んでみせるだけで、決して針を動かす手をとめませんでした。 ポレミック家の子息の話では、背の高い男の人の釈放は認められなかったそうです。その上、近いうちに反逆罪で追放されそうだと言うのです。 ああ、なんということなのでしょう。姫様は王様の遠縁なので、王様にたてついたとみなされてしまったのです。 このままでは、背の高い男の人が、無実の罪で裁かれてしまいます。それも重い罪を背負わされてしまいます。 ルールーはせっせと針を動かしました。 背の高い男の人を助けられるのは自分しかいないと、心を強くもちました。 それでも眠くなってしまう時には、眠気を追い払うために、ルールーは頬を叩いたりつねったり、時にはわざと針で自分の指を突き刺したりしました。 マントの生地は、ポレミック家の子息のために取り寄せたものを使いました。とても高価で、丈夫で、厚いものです。色は、東の空に輝く金星の見える頃、その明け方の空の色と同じ紺色でした。 暖炉の炎に照らされて赤くなっているのは、ルールーの頬だけではありません。マントの生地も赤く染まっています。 だんだんと、ルールーの針がチクチクと進み、刺繍が出来上がっていくにつれて、マントは紺から赤へと色を変えていきました。 見間違いではありません。確かに、赤くなっていったのです。 そしてルールーがマントをこしらえ始めてから二日後、明け方のことです。ようやくマントが完成しました。 いまやマントは燃え上がりそうなほど真っ赤です。 その真っ赤に燃えているようなマントを持って、ルールーは家を飛び出していきました。今朝はもう、寒さなんて少しも感じませんでした。 * 空はまだ墨を溶かし込んだように真っ暗で、湖の表面はよく磨かれた黒曜石のようにひらべったく見えました。 ルールーは燃えるようなマントを持ったまま、えいっと今度も勇敢に湖の中に飛び込みました。ベルトにはこの間と同じ、ブドウの房のようになった空気の袋を下げています。 あまりにもルールーが勢いよく飛び込んだせいでしょうか。湖の魚たちは尾ひれで水草の長い根を叩き、水草は迷惑そうにゆらゆら揺れました。 ルールーは湖の底で、この間のアマガエルとヒキガエルを探しました。そうして大きな岩の中ほどに、アマガエルをみつけました。青々として目立っていたのです。 アマガエルはほとんどまぶたが閉じそうになっています。ルールーのこしらえてあげた腹巻に手をつっこみ、まるで小船をこぐ船頭さんのように、頭をこっくりこっくり動かしていました。 カエルさん、マントを持ってきましたよ。カエルさん。 ルールーが体を揺すっても、アマガエルは、むにゃむにゃとよく分からないことを言うだけです。ちょっと目を開けてもすぐにトロンとしてしまい、どうもまだ夢を見ているようで、要領を得ません。 そこで、ルールーは水を飲むことも覚悟してヒキガエルを呼びました。 「ヒキガエルさん、マントを持ってきました。出て来てください」 すぐに息が苦しくなって、ルールーは空気の袋から空気の玉を出して食べました。たくさん水を飲んで苦しかったので、一度にふたつも食べなければ駄目でした。 ルールーの声を聞いたのか、ヒキガエルが大きな岩の上に姿を現しました。そしてルールーの抱えているマントを見て、大きなおなかをポンと叩きました。 「よくやった。さあそのマントをこっちに」 ルールーは泳いでヒキガエルの傍に行きました。手にはもちろん、あの燃えるように赤いマントを持っています。 「さあ、それをわたしの上にかけるのだ。はやく!」 ヒキガエルにせかされて、ルールーはマントを広げました。 パッと、まるで炎が燃え広がったようでした。その真っ赤な炎の上に、クモの巣が不気味に広がっています。 お世辞にも、すてきなマントとは言いがたいものでした。 ところが! 大きなマントでヒキガエルの体が隠れたと思った瞬間、そのマントがむくむくと伸び上がってきたのです。ルールーは驚いて、口の中にためていた息をみんな吐いてしまいました。 慌てて空気の袋から空気の玉を取り出していると、ガシッと何者かに腕をつかまれました。 「ありがとう。あなたのおかげで助かった」 湖から上がると、そこには美しい女の人が立っていました。スラリとした長身で、男の人のように腰に剣をさし、その服装もまさに勇ましい剣士といった具合で、ドレスではなくズボンをはいているのです。 「あなたはいったい誰ですか?」 ルールーは寒さにぶるぶる震えながら聞きました。 そこで、女剣士がサッとあのマントでルールーを撫でると、なんと驚いたことに、ルールーの服も髪も何もかもすっかり乾いていました。 ルールーはびっくりして、ポカンと口をあけて女剣士を見上げました。 「さあ、約束のものだ」 女剣士はルールーの手のひらに姫様の耳飾りを置き、そうして「お屋敷に急ごう」と言いました。 * お屋敷ではちょうど今、ポレミック家の子息が姫様に、背の高い男の人の無実を訴えているところでした。朝食の席です。 姫様は今朝も朝ごはんを食べずに、料理長をがっかりさせていました。今朝は料理長の得意な卵料理でしたのに。料理長は下を向いて、手をつけられずそのままになっている皿を下げています。 「あの男はそんな卑しい盗みを働くようなものではありません」 ポレミック家の子息は言いました。 けれど、姫様はまるで目の前に虫でも飛んできたようにいやな顔をして、ムスッと黙り込んでいます。 そんな話など聞く必要もないという態度でした。 そこへ、ルールーと女剣士がやって来ました。 女剣士は姫様を見た途端に叫びました。 「悪い魔女め、覚悟しろ。今度こそこらしめてやる」 言うが早いか、女剣士は姫様に向かっていきました。ポレミック家の子息は思わず姫様をかばうために前に出ましたが、その子息を、後ろから姫様が蹴り飛ばしたのです。 そしてしゃがれ声で笑い出しました。 「おのれ、醜いヒキガエルにしてやったのに。魔法を解いたものがいるね」 姫様はギロリとルールーを睨みつけました。いいえ、それは姫様ではありませんでした。今は髪を振り乱した醜い老婆になっています。 「あっ、おまえは!」 ポレミック家の子息が叫びました。子息には見覚えがあったのです。忘れるはずもありません。 そこに立っていたのは、子息を黒い影にした、あの悪い魔女だったのです。 魔女は、ポレミック家の子息と背の高い男の人に仕返しをするため、姫様に成り代わって化けていたのです。 「わたしはこの魔女が湖に耳飾りを捨てるのを見たのだ」 女剣士は叫びました。それで女剣士は耳飾りを持っていたのです。湖で悪い魔女をみたとき、女剣士は勇敢にも悪い魔女に斬りかかりました。 しかし、魔法をかけられヒキガエルにされてしまったのです。 「ふん、どうやって魔法を解いたかしらないが、また魔法をかけてやるだけだ」 悪い魔女は眼光も鋭く女剣士を見据えました。その濁った眼には、世の中を見下すような色がどんよりと鈍く光っています。 「このわたしに同じ手が二度も通用すると思うな」 女剣士は、赤いマントをパッと広げました。 マントは燃え上がる炎のように、一瞬にして悪い魔女を包みました。クモの巣の刺繍は灰色に光り、悪い魔女をぎゅうぎゅうと締め上げます。 ルールーが誰とも喋らずに、心のすべてを傾けて縫った糸は、女剣士を元の姿に戻すだけではなかったのです。 マントはまるで本物の炎のようでした。たきぎの炎となったり火事の炎となったり、安らぎを与えてくれるかと思えば、こらしめることにもなってしまう、そんな不思議な力を持っていたのです。 「ああ、熱い熱い、助けておくれ。もう悪いことはしないから」 悪い魔女は泣いて助けを求めましたけれど、マントは悪い魔女をもっと締め上げます。心からの言葉ではなかったのです。 こうして、ルールーのこしらえたマントは、悪い魔女をたっぷりとこらしめたのでした。 * かわいそうに本物の姫様は、森の近くの木のウロに、粗末な姿で押し込められていました。寒さと心細さに震えていたところを、ポレミック家の捜索隊に発見されたのです。 本物の姫様は真珠の耳飾りを悪い魔女から取り返してもらえて、大喜びでした。 それで、背の高い男の人は牢屋から出してもらえたのです。ポレミック家のお屋敷に、背の高い男の人が戻ってきました。 ポレミック家の広間には、たいへんなご馳走が並びました。背の高い男の人が戻ってきたお祝いです。料理長が腕によりをかけた美味しい料理が並んでいます。 背の高い男の人はすべての経緯を聞いて、ルールーを抱え上げました。 「大したもんだ。体はこんなに小さいのに、勇気は人よりずっと大きい。恩に着るよ、ルールー!」 「わあっ、大げさですよ。でも本当によかったです」 抱え上げられて、ルールーはちょっぴり恥ずかしかったのですが、背の高い男の人が戻ってきたことは、ほんとうに嬉しいことでした。 「そして、この方もおまえの恩人だよ」 ポレミック家の子息は女剣士を紹介しました。そのとき、女剣士は席について料理長の焼いたカモのお肉にかぶりついていたのですが、口のソースをぬぐってすっくと立ちました。 「濡れ衣がはれて良かったですね」 そっけない言葉のようでしたが、女剣士の瞳は柔らかく細められ、心から良かったと思っているのが見受けられました。 女剣士に握手を求められ、背の高い男の人は手を握りました。 「ありがとう。あなたは勇敢ですばらしい方ですね。それに、その、とても美しい……」 背の高い男の人の顔が赤くなっているのを見て、ポレミック家の子息は大きな声で言いました。 「どうぞ、当家にしばらくご滞在ください。ずっとここにいていただけたら、それはとても嬉しいことですけれどもね」 ポレミック家の子息の言葉に、ルールーは手を叩いて賛成しました。 料理長も大喜びです。 「ええ、ええ、ぜひいつまでもいてくださいまし。こんなにたくさん召し上がっていただけて、こちらとしても作りがいがありますからね」 姫様に少しも料理を食べてもらえなかった料理長は、女剣士の食べっぷりに、失いかけていた自信を取り戻したのです。 女剣士は礼を言い、背の高い男の人とざっくばらんなお喋りを始めました。 スラリとした長身の女剣士と、背の高い男の人は、とってもお似合いでした。ポレミック家の子息も料理長も、そう思っているような顔つきです。 ルールーはそっと目を閉じて、背の高い男の人と女剣士の、結婚式の衣装をこしらえるところを想像したのでした。
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| 刺繍は針と糸で作り出される魔法です。 その魔法は、人の笑顔を 何倍にも増やすことができるのです。 リクエストしてくださった方へ愛をこめて。 (2007.12.22) |
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