+-++-++ 魔法のランプ ++-++-+
(リクエスト作品)
 
 
 
 それは16世紀のこと。
 コペルニクスによって1年は365日と決まったり、
 ガリレオ・ガリレイが物体の自由落下の速度は物体の質量に依存しないと言ったり、
 シェイクスピアが「ブルータス、お前もか」とお話の中でのたまったり、
 ミケランジェロがダビデ像を4年がかりでこしらえたり、
 レオナルド・ダ・ヴィンチがモナリザをせっせと描いていたり……した時代。
 
 日本では、桶狭間の戦いやらがあって、豊臣秀吉による全国統一がなされた頃のこと。
 
 そんな世界の重大事には加えてもらえない1つの小さな奇跡が起こった。
 日本から遠く離れたところ、小さな国の、小さな町の、これまた小さな1軒の鍛冶屋に置いてある、小さな汚れた作業台の上で。
 
 その奇跡が起こる前。
 鍛冶屋の主人は、毎日、朝から晩まで、その作業台の前で頭を抱えていた。
 
 全国鍛冶屋職人品評会に出品するランプを作らなければならなかったのだけれども、どうしても納得できるフォルムが浮かばない。
 彼は職人だ。お茶を濁すようなものならば、作らない方がマシだとまで思っている。
 
 しかし、彼には、この品評会にランプを出品しなければならない理由があった。
 
 鍛冶屋の主人には、昔からずっと競い合ってきた職人仲間がいた。いや、仲間なんて言葉を使いたくもない相手だ。
 競合相手、それも憎しみ合う間柄だった。
 
 毎年開かれる全国鍛冶職人品評会で、鍛冶屋の主人とその競合相手は、常にトップを奪い合ってきた。
 つまり、国で1、2を争う職人同士であった。
 
 昔の2人は互いを認め合う良きライバルだった。共に同じ師匠の下で修行した。ところが、その師匠の愛娘が当の鍛冶屋の主人の方を選んだことから、仲がこじれた。どちらも師匠の娘に恋をしていたのだ。
 
 そして、師匠の娘と鍛冶屋の主人が結婚した年。その年の品評会に出すための……その時の題目は“刀剣”だった……スラリとした刀剣を打ち鍛えていた時のことだ。
 
 恋に破れた競合相手は、鍛冶屋の主人が丹精込めて打ち鍛えた刀剣を、品評会の前日に盗み出した。さらに、よりにもよって盗んだ刀剣を自分のものだといって出品したのだ。

 当然、鍛冶屋の主人はそれは自分のものだと訴えたが、誰も信じてくれなかった。
 
 結局、その年の品評会では、競合相手が最優秀賞をとった。
 
 鍛冶屋の主人の落ち込みようは、見るに忍びないほどだった。
 何せ品評会で評価を得られなければ、その年の仕事が減ってしまうのだ。結婚して何かと入り用の多かった鍛冶屋の主人にとって、これからどうやって生活していけばいいのか暗澹たる思いで毎日嘆いていた。
 
 彼の細君は、嘆く彼を毎日のように励ました。
 鍛冶職人の父を持つ彼女は、職人世界の厳しさをよく知っていた。仕事など入ってこない。日に日に金は減っていく。
 
 それでも彼女は励まし続けた。大丈夫よ、何とかなるわ、贅沢をしなければやっていけるから、来年こそ頑張ればいいのよ。
 時には自分が野良仕事の手伝いをして日銭を稼いだ。もちろん、主人には内緒で。
 
 そんな無理が祟ったのだろう。
 
 品評会の題目が発表されたころ、鍛冶屋の主人の細君が倒れた。治せない病気ではなかった。けれど、医者に見せるだけの金がなかった。
 
 なんとしても、今回の品評会では最高の結果を。
 最優秀賞をとれば賞金が出るのだ。その金さえあれば、病気の彼女を医者にみせてやれる。
 
 鍛冶屋の主人は、毎日、朝から晩まで、ひたすらランプのことを考え続けた。小さな汚れた作業台の前で、ひたすらに。
 
 休むこともなく眠ることもなく、5日間、考え続けた夜のことだった。新月の暗い夜だった。
 
 鍛冶屋の主人の前に、自分のことを悪魔だという長身のスラリとした若い男が現れた。全身を黒い見たこともない服で包み、青白い顔には鮮やか過ぎるほどの赤い唇で笑みを作っていた。
 
 お前に品評会での最高の結果を与えてやろう。その代わり―――
 
 主人は悪魔の言葉を最後まで聞くことなく、一も二もなく承諾した。細君を救うことができるのなら、悪魔に魂を売ることなど怖くもなんともなかった。
 
 そしてとうとう、奇跡が起こった。この世のものとは思えぬほど、素晴らしいフォルムを持ったランプが出来上がったのだ。
 
 主人はさっそく、病床の細君のもとに完成したばかりのランプを持っていった。
 
 そのランプを受け取った細君は、青い顔にうっすらと笑みを浮かべた。さすがあなただわ。なんて美しいランプなのかしら。弱々しい小さな声で、そう言った直後だった。
 
 真っ赤な、大量の血が、細君の口から溢れた。
 
 細君の口から溢れた血は、ついさっき完成したばかりのランプに滴り落ちていく。ランプが鮮やかに赤く染まり、細君は青く沈んだ。
 
 震える手で細君を抱きしめた鍛冶屋の主人は、最愛の妻がこの世から旅立ったことを知った。
 
 鍛冶屋の主人の作ったランプは、品評会で際立った評判を集めた。美しく上品なフォルム、それを取り囲むように散る赤い小さな花。
 天上のランプとまで名付けられた。もちろん、最優秀賞をとった。
 
 しかし、鍛冶屋の主人は賞金を受け取りに来なかった。それどころか、その日以来、誰も主人を見ることはなかった。
 
 
 
 
「―――へえ?」
 僕の話を、それほど楽しそうに聞いていた風でもなかった中園が、もう話は終わったのかと聞きたげに声を出した。
 場所は中園家の蔵の中。薄暗く、埃っぽい。
 
 僕は中園の持っているモノを指差して言った。
 
「それが、そのランプだ」
 
 出来うる限り、僕の中の威厳という威厳をかき集めて言ったつもりだったのに、中園は鼻で笑った。
 
「物書きの言うことは、1つ1つがオーバーでヤになるね」
 
 中園はあくせく働く必要がない。戦後の混乱期に財を成した人物の孫、大会社の御曹司である。そんな御曹司に、金のない苦労なんてピンとこないか…。
 
 それでもなお僕は、中園の持っているランプを指差したまま言った。
 
「そのランプにはオマケがある。なんと言っても悪魔によって作られたランプだからね、持ち主に強大な力を授けてくれるらしいんだ。なんでも3つの願いをかなえてくれるらしい」
 
「ふぅ〜ん」
 
 またも空振り。中園は興味をチラともそそられないようで、無造作にそれをこちらへと出してきた。
 
「じゃあ、きみにやろう」
 
 咄嗟に、何を言われているのか分からなかった。
 ポカンとしている僕に向かって、中園は続けた。
 
「ランプなんてね、時代遅れなんだよ。それも金属製の石油ランプなんてね。使わない。使わないものは必要ない。だからきみにやろう。つまらない小説が売れるように好きなだけ願えばいい」
 
 そ、そんなの、物書きとしてのプライドが許すもんか―――!
 
 僕はその言葉をグッと飲み込み、今度は中園も興味を持って耳を傾けてくれるよう言葉を選び始めた。
 
「むかしむかしあるところに、アラジンという―――」
 
 その始まりを聞いた途端、中園はランプをぽいと放り投げて、もうお手上げだよと言わんばかりに両手を頭の上に伸ばして、ゴロンと倒れた。
 
 な、なにもそこまで露骨に聞き捨てることないだろ!?
 
 さて。
 実はこのランプが本当に魔法のランプであろうとなかろうと、僕にだってどうだっていいことだ。
 
 たとえ本物であろうと、中園は使わないという理由だけで僕にくれようとするだろうし、僕はプライドが邪魔していらないと言うだろう。
 
 そもそも。
 
 僕に強大な力、自信をくれるのは、きみの口から出る『面白い』というピカピカ光る言葉だけなんだから。
 
 
end  

 

有瀬慎二さんのリクエストで「魔法のランプ」です。
有瀬さん、700&900、おめでとうございました!
 
魔法のランプがあったら何を願いますか?
ううーん。
もちろんアレだろうな。
アレが何かはナイショです(笑)

(2005.01.30)
 

 

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