ツッパリなんて言葉を聞かなくなって、はや幾年。 松平は、自身の立派なリーゼントを指先で微調整しながら思った。思えば赤ん坊の頃からかわいいと言われたことはない。幼稚園に入ると松平と目の合った園児がみんな泣き出した。小学校に上がると勝手にあだ名を“ボス”と付けられた。 そして中学。 地元の高校生にも噂をされるほどの見事なツッパリになっていた。 「おかしい……」 中学2年生にしては厳つい顎に手を置き、松平は小首をかしげた。そうすると、まるでヤクザのナンバーツーが次に誰を暗殺しようかと思案しているような、凄みのきいた物騒な面持ちになる。 その物騒な面持ちの上にリーゼントがある。 そして、そのリーゼントの上には苺の形をした何かの物体が乗っているのだ。 松平は再び小首をかしげた。昨夜寝る前にはこんなものはなかった。朝起きて、寝ぼけ眼で顔を洗い、歯を磨き、リーゼントのセットをして気付いたら、頭の上に苺が生えていたのだ。 「頭から苺が……生えて……」 そんな馬鹿な。 松平は凄みのきいた顔を洗面台の鏡に近付けた。目の錯覚かもしれない。光の加減のせいかもしれない。 しかしどうみても苺である。 「ううむ」 松平はもともと低かった声が、声変わりをして更に低くなって、今では時代劇に出てくる悪代官としか思えないような低音の声で唸った。腕は自然と身体の前で組み合わさり、眉間には人生五十年の苦汁を舐めた男のごとく深いしわが刻まれた。 その苺であるが、松平の頭頂から青々とした葉っぱが3枚ほど生えており、そこから緑色のロープでぶら下がっているかのように赤い実がなっている。いわゆる普通の苺と同じ外見である。 何故。 松平の頭にその文字が点滅した瞬間、頭のてっぺんからポンと白い煙が上り、真っ赤なマントと王冠をかぶった小さな男の子が出てきた。 当然、松平は目の前にある鏡によってその光景を見た。 信じがたい光景に、松平の生まれつき細い眼が更に細くなり、まるで睨んでいるかのような顔付きになった。 そんな松平にまったく怯むことなく、頭のてっぺんから登場した男の子は真っ赤なマントをひるがえしながら松平に話しかけてきた。 「世は苺の王、あ・まおーう五十三世である。そなたの日ごろの行いを称えるため、特別な苺をさずけに参った」 突然そんなことを言われ、松平は眉間のしわを深くした。今や大人がやっちゃいけませんと言うようなことをこれでもかとやってしまいそうなほどの凶悪な面構えになった松平に、赤マントの王子は笑いかけてきた。 「世はそなたほど熱心に苺牛乳を飲む若者を知らぬ。この特別な苺は――」 赤マントの王子の言葉の途中で、松平は思い切り顔をしかめた。松平としてはただ単に驚いただけなのだが、殺意でも漂ってきそうな面持ちとなった。 松平とて、思春期の多感なボーイである。ガラスの十代である。ひそかに自分の身長がクラスで一番でないことに、毎夜悔しさを噛み殺している。背を伸ばすには牛乳だと、誰かが話しているのを聞いた。しかし、松平は牛乳が苦手であった。それでイチゴ牛乳を飲むことにしたのだ。毎朝、毎晩、1日も欠かすことなく。 「そういうわけで、よいな。この特別な苺は、そなたに一期のものを授けるだろう」 そう言って、赤マントのあ・まおーう五十三世は登場してきた時と同じように、ポンと白い煙に包まれて消えた。 しまったことに、松平は苺王子の話をまったく聞いていなかった。 * さすがに頭に苺を乗せたまま歩くわけにはいかず、松平は悩んだ末に母親が趣味の手品で使うシルクハットをかぶって学校に行くことにした。それだって充分にアレであるが、苺よりはマシだと松平は考えたのだ。 教室に入った瞬間は、まるでこの世から言葉という言葉が消えてしまったかのように静まり返った。 いつも大口を開けて笑う木下も、口から先に生まれてきたと親からも教師からも言われる大崎も、クラスの全員が松平に注目しながらもすぐに視線をそらしてうつむき、まるで座禅の最中の僧侶でもあるかのように無言の行をおこなっている。 松平は一番後ろにある自分の席に座り、この無言の居心地の悪さに慣れようと目を閉じた。しかし、目を閉じても慣れるどころか余計に不自然な静寂が耳を突き、松平は耐え切れなくなって席を立った。 屋上の、仲間たちのいる溜まり場に行くことにしたのだ。 クラスメートと違って仲間たちは黙り込んだりはしなかったが、松平のシルクハットを大いにいぶかしんだ。 「マツやん、何だよその妙な帽子は、よ」 「シルクハットというんだ」 「そうじゃなくってよ、何だってそんな妙な帽子をかぶっているんだって聞いてんのさ」 「……色々とあるんだ」 松平はその風貌に似合わず寡黙で穏やかなので、それを知っている仲間たちは無理に聞き出すのも悪いかとソワソワし始めた。 その時、屋上を翔けてきた突風が、松平のシルクハットを吹き飛ばしたのだ。 仲間たちは一瞬目をむいて松平を凝視し、その後で興味津々に松平の頭を覗き込んできた。 「これ、苺だろ? 食える?」 「知らん」 松平は、仲間たちのあっけらかんとした様子にホッとしつつも、人の頭から生えた苺を食べようとする仲間に半ば唖然としていた。 「ね、ね、マツやん。食ってみていい?」 「どうなっても知らんぞ」 「いい、いい。俺、苺に目がなくってさー」 そう言って、仲間のひとりが松平の頭に生えた苺をもぎ取り、口に運んだ。他の仲間たちはそれを心配そうに見ていた。そして―― 「んまーい!」 仲間がそう言った途端、松平の頭に苺がポンッと実ったのだ。苺を食べた仲間はもう一度、その苺をもぎ取って口に運んだ。 するとまた苺が実った。 別の仲間が、恐る恐る苺をもぎ取って口に運んだ。その美味さに目が輝く。大丈夫そうだと踏んだ仲間たちも次々に手を伸ばした。 どうやらこの苺、もぎ取れば自動的に実ってしまうようだった。 そうして、仲間たちの腹を満たしても、苺はなくならなかった。代りに、松平のリーゼントが少し小さくなった。 仲間たちはそれにすぐ気付いたが、松平にはナイショにしておくことにした。 * この先もう一生、頭に苺を乗せたままなのかと松平は焦り始めた。いくらなんでも一生シルクハットをかぶっていられるわけもない。 そのシルクハットを探して、松平は中庭を歩いていた。突風が飛ばしてしまったあのシルクハットだ。どこまで飛ばされたのか、屋上にもその付近にも見当たらない。1限目、2限目、3限目、4限目をさぼってまで、松平はシルクハットを探していた。 松平が植え込みの枝をかきわけていると、後ろから声がかかった。 「何か探しもの?」 その声に、松平は振り返る前に頭の苺と同じくらい顔を赤くした。隣のクラスの井上ゆうなである。 実は松平、この井上ゆうなのことが好きなのだ。松平が毎朝毎晩欠かさずにイチゴ牛乳を飲むのも、この井上ゆうなが松平と同じクラスのお喋り女、大崎と話しているのを聞いたからだ。 井上ゆうなはそのとき、背の高い人が好き、と言ったのだった。 松平は頭に生えている苺のことも忘れ、井上ゆうなをジッと見詰めた。地元の悪ぶっている男たちでも松平と対面すると目をそらすのに、井上ゆうなは平気で松平を見詰め返した。そして、声を出さずに笑った。 「かわいい苺が実っているのね」 井上ゆうなの言葉に、松平は完全にあがった。何をどう誤魔化そうかと思うより先に言葉が出ていた。 「うまいらしい。食ってみるか?」 唐突な松平の言葉にも井上ゆうなは特に驚くこともなく、それ以前に頭から苺を生やしている松平を見ても驚いていなかったが、井上ゆうなは白い歯を見せて笑った。 「いいの、食べても?」 その言葉を、松平は別の意味にとらえた。 「いや、気味が悪ければ」 「ううん。そうじゃないの」 井上ゆうなは首を小さく横に振って、松平に言った。 「わたしだけが食べるなんて悪いわ。一緒に食べましょうよ」 そうして井上ゆうなは白い手を伸ばして、松平の頭から生えている苺をもぎ取った。するとどうしたことか、今まではもぎ取るとすぐに生えていた苺がもう二度と生えてこず、3枚の青々とした葉っぱもハラリと抜け落ちてしまった。 「わあ、どうしましょう。ごめんなさい」 抜け落ちてしまった葉っぱを拾って、井上ゆうなはすまなそうに頭を下げた。松平は気にするなという思いを込めて頭を振ったが、井上ゆうなはそれでもシュンとしていた。 松平は何か気の利いたことを言おうと思ったが、何も浮かんでこなかった。仕方なく、松平はさようならの意味の言葉を告げることにした。 「その苺は食うなり捨てるなりしてくれ」 じゃあと立ち去ろうとした松平の袖を、井上ゆうなが掴んだ。 「一緒に食べましょうよって言ったでしょ」 小さな苺をどうやって一緒に食べるのかと松平が疑問に思っていると、井上ゆうなは胸ポケットから剃刀を取り出して器用に苺をふたつに切った。 「はい、どうぞ」 井上ゆうなから半分になった苺を手渡されて、何故ポケットの中から剃刀なんてものが出てきたのか松平の頭にチラリと不穏な疑問が横切ったが、そんなことはどうでもよく、松平は今とてもとても幸せであった。 松平のリーゼントも、その幸せを養分に育ったように元の大きさに戻っていた。
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| 箔斗さんからのリクエストは 「いちご」でした。 箔斗さん、11111番、おめでとうございました! そんなわけで苺と一期をかけてみました。 松平の想い人、井上ゆうなちゃん。 物騒なものを持っていますね。 松平、純情男の恋はいかに。 個人的には苺王子のあ・まおーう五十三世が 気に入っています。 (2006.09.11) |
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