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十二月は異常だ。何が異常って、電気代のことを考えずに街中をエレキテル一色に染める。赤と緑、最近では青なんかも目立つ。ルミナリエだ、アカリウムだ、そんな言葉が一部女子の口からもれ聞こえてくる季節。 ふん、クリスマス。それがどうした。 ツリーを見上げてキャッキャとはしゃぐ連中よ。おまえらキリシタンか。踏み絵は踏めなかった口か。踏み絵を踏む行列からは逃げたくせに、ケンタッキーには並ぶのか。 ああいいだろう、確かにクリスマスは最近始まった行事じゃない。クリスマスの行事が日本でも行われたのはあのザビエルの生きていた時代だと言うのだから、相当昔だ。大昔だ。織田信長とか生きていた時代だろうよ。 だが! おれは仏教徒だ! 仏教徒なんだ! おれが仏頂面をしているのは、別にクリスマスがつまんねーからとか、家族で祝うクリスマスなんざクソくらえと思っているからとか、一人身が……ぬぅおおおお、そんなことじゃない。 仏教徒だからだ! 異国の習慣が幅をきかせている現実に、ただ憂えているだけだ。それだけだ。断じて、それ以外の意味はないんだ! 十二月。そんなことを全身全霊かけて叫びたくなる季節。……だった。 * 人は変わる。 ああ、なんて嫌な言葉だろうと思うやつも、ああ、なんて素晴らしい言葉だろうと思うやつもいるだろう。しかしどんな風に思おうと、人は変わる。変わるはずだ。 そんなことを念じながら、おれは試着室で鏡を睨みつけていた。 あれは先週のことだった。 チャコとおれは神社で話をしていた。デート、はっ、ふっふ、ふははははは、そうデートと呼んでもいいだろう。おれは勝手にそう思っている。 とにかく、もう季節的に寒くなって、ヒョーッなんて下手な口笛みたいな音で風が吹いていた。 そんなわけだから、チャコは首を縮めて、なんと言うか、なんて言えばいいのか、ストレートに言っちゃえば、おれの方にぴったりと身を寄せてきた。 チャコの柔らかい猫耳がおれの頬をくすぐり、おれの腕に回されたチャコの腕の柔らかさに、何故か神様ありがとうと言いたくなった。別に喉がいがらっぽくもないのに、ゲヘンなんて咳をして。 「来週さ、どっ、どっか、行かない、か?」 「らいしゅう?」 「十二月二十四日、日曜日」 「にちようび?」 チャコには日付の感覚がないのか、おうむ返しに聞いてくる。その時点でおれは、来週はクリスマスといって恋人同士が仲良く過ごす日だという説明を口にするかしないか、口にしたら「恋人同士?」なんて聞き返されたらどうするんだとか、とにかくそんなことで頭をいっぱいにしていた。 そんな時のことだ。 「よう、チャコ」 気障ったらしい声が、チャコを呼んだ。それも呼び捨てで。おれでさえ、呼び捨てはできず、なぁ、とか、ききききき、きみはさ、とか、そんな状態であるのに。 おれはナヌッという思いを込めて、その声の方向を睨んだ。 その一瞬で、チャコの腕がおれの腕から離れ、チャコの身体がおれの身体から離れ、その声の方へとチャコの猫耳が揺れて近付いていく。 「クロー!」 なんて、嬉しそうな声を上げながら。 あろうことか、チャコはその気障ったらしい声を放ったやつに飛びつくようにして抱きついた。当然というように、その気障ったらしい男もチャコを抱きしめた。 そして、男はチラリとこっちに視線を飛ばしてきた。 目が、信じられないほど余裕に光っていた。 おれは自分に落ち着けと言い聞かせた。男の嫉妬なんか恥だ。ここで取り乱してでもみろ。末代まで笑い話として語り継がれることになる。ぜったい。そうに決まっている。だから落ち着け。 「ち、ちちちちち、チャコさん、そこの……」 「クロー、どうしたの、今日は隣町に行くって言っていたのに」 おれの言葉なんかチャコのあの猫耳には届かないのか、チャコは嬉しそうにクロというやつに話しかける。ゴロゴロなんて音が聞こえてきそうな甘えっぷりだ。 そのクロという男、一目見ておれより年齢が上だと分かった。黒い皮のズボンに黒のロングコート、全身真っ黒な上に髪の毛も黒い、そして無精ひげ。 「ちょっとチャコに会いたくなってな」 そんな気障ったらしいことを言ってもさまになる、どこかラテン系の血でも混じっているんじゃないかと思った。 なんだ、こいつ。 なんだよ、こいつ。 メラメラと嫉妬の炎が燃えあがる。嫉妬、そうじゃない、これは自分が負けるかもしれないという恐怖に近い。臆病者の炎だ。 立ち尽くしているおれにようやく気付いたのか、チャコは嬉しいという感情しか見えない表情で、おれにそいつを紹介した。 「優司くん、あのね、クローだよ。わたしとクローは仲良しなの」 へえー。なんてそんな何も気にしていないみたいなことが言えるか。 おれがムスッとしていると、そのクローとかいうやつがチッチと指を立てて顔の前で振った。 「違うよ、チャコ。俺の名前は、サンタ・クロー・ニャンボルギーニ」 なんだその名前。 いつものおれだったら零コンマ二秒で突っ込んでやる。けど、今日は駄目だった。頭の中には何の言葉も浮かんでこない。ただ電車が通り過ぎる音かテレビの砂嵐の音か、とにかく耳障りな雑音が響いているだけ。 チャコが、そいつを見上げて笑う。 「優司くんはね、猫田優司くんっていうんだよ。いいなー、二人とも名前がたくさんあって。わたしはチャコだけだもん」 チャコは天然だ。 そうだ。そうなんだ。分かっちゃいる。分かっちゃいるけど。おれは声を失ったカナリアみたいに黙っていた。声を出した途端、チャコにこいつとの関係を大声で問いただしそうだった。 そんなおれの様子を楽しむように、まだチャコを隣においたまま、サンタ・クロー・ニャンボルギーニは意味深に笑った。無精ひげを、まるでその感触を楽しむようにゆっくりと撫でて。 そして。 「そうか、お前が噂の猫たんか」 「は?」 猫たんなんぞと呼ばれたせいで、おれの神経はささくれだった上に、そのささくれがナイフみたいに尖った。 「まぁまぁ、そう尻尾を膨らませるなよ、猫たん」 「おれには尻尾なんぞない」 「ふ、そうだろうな」 サンタ・クロー・ニャンボルギーニはおれをジロジロと眺めた。猫耳のついたチャコを見ても平然として、猫耳のついたチャコに飛びつかれるこの男。 いったい何者なんだ。 ただ分かっていることは、こいつがチャコの特別だということと、こいつはおれを見下していて、おれはこいつが大嫌いだということ、だ! * そんなことがあった。先週。思い出しただけで胸くそが悪くなる。 おれは試着室の鏡を睨みつけた。相変わらずオタクの鏡のような自分の青白い顔。分厚い眼鏡。さすがに七三からは脱却しようと、六四くらいに髪の分け目を変えた。その小さな変化でさえ、おれにはものすごい努力が必要だった。 そのおれが。 試着室にいる。今。この瞬間。 何のために。 「お客様、サイズはいかがですか?」 薄っぺらなカーテンの向こうからそんな声が聞こえて、おれは慌てた。慌てて裏返ったような声で言葉を返した。 「いえっ、やっぱりいいです」 おれはまるで、これ以上これを身に着けていたら焼かれるとでもいうように、勢いよく今まではいていたそれを脱いだ。 黒の革のズボンだ。 まったくもって、おれには似合わない革のズボン。あの、サンタ・クロー・ニャンボルギーニがはいていたようなやつ。 脱ぎ捨てるとそいつは、まるで黒い蛇のようにとぐろを巻いた。その隣には、おれのはいてきたくたびれたジーパンがある。それもどこにでも売っているような安物。黒ヘビ対青白モヤシみたいだった。 人は変わる。変われるはずだ。 そうだろう、そうだと思う。 でも変わるためには、奥歯が磨り減るくらいの歯軋りと、血反吐を吐くくらいの努力と、あの子を誰にも渡したくないという純度百パーセントの気持ちが必要だ、と思った。 特におれみたいな青白モヤシには。 * 結局、黒の革のズボンは諦めて、おれは電飾で着飾ったような派手な街を歩いた。時期が時期だけに、街にはウジャウジャという形容を当てたくなるほどのカップルがいた。バカップルらめが! ふと、ショーウィンドウを覗いているカップルが目に付いた。イチャイチャという擬音を当てたくなるような仕種で話している。 「みっくん、ねーねー、あーや、あれがほしいな」 「えー、あれかよ」 「ねえ、いいでしょー」 女が男の袖をグイグイ引っ張っている。ショーウィンドウの中には、地上の安っぽい輝きじゃない、夜空の星みたく宇宙規模の輝きを放つ指輪があった。 それを一瞥した瞬間に、おれはどん底に落された。 プレゼントだ。クリスマスに必要なプレゼントを、おれはまだ買っていない。買えていないのだ。 あのホワイトデーの時に味わったあの気分を、今、再び味わっている。何をあげればいい。何をあげればいいんだ。あの時はまだよかった。ホワイトデーのための特設会場に行って、何かそれらしいものを選べばいい。戸惑ってはいたけれど、あの時は今のこんな気持ちを持ってはいなかった。 今は……。 「よお」 道端で考え込んでいるおれに、そんな声が投げつけられ、ポンと肩を叩かれた。顔を見なくても分かる。あいつだ。サンタ・クロー・ニャンボルギーニ。 「猫たん、この辺がなわばりか。俺もよく来るんだよ」 「猫たんと呼ぶな」 「あそこに若草色の看板が見えるだろ。あそこの笹かまぼこ、チャコが大好きでな、チャコに頼まれてよく買いに来たよ」 ナヌッと顔を上げた途端、サンタ・クロー・ニャンボルギーニの瞳にぶつかった。そこにはおれに対するどんな感情も見当たらない。 ただ強烈に、おれを排斥しようとしている色が見えた。 「なんで……」 そんな目でおれを見るんだ。おれが気に食わないとか、おれがチャコと会うのがいやだとか、そういう感情をみせるのだったら、おれだって何とか気持ちを立て直せる。 だけど、そんな感情を抜きにおれを排斥しようとする、そんな目で見られたら…… おれはチャコにとって必要のない、それどころかチャコに近付いてはいけない存在なんじゃないかと思ってしまう。 不釣合いだというのなら、そうだろうよ。間違いないさ。猫耳があろうとなかろうと、チャコは誰が見てもかわいい。おれには勿体無い。 だけどサンタ・クロー・ニャンボルギーニの瞳は、それ以上に何かをおれに突きつけてくる。おれがオタクだとか、分厚い眼鏡をしているとか、洒落っ気を出して背伸びをしても六四が精一杯だとか、そういうことを抜きにして。 おれの存在自体を否定するかのように。 「猫たん、俺はさ、お前の嫌がることをたーくさんするよ。これからもきっと」 「―――」 「俺はな、チャコが大切なんだ。ただそれだけなんだ。分かるだろ。俺に嫌なことをされたくないのなら、さっさと尻尾を巻いて退散した方がいいぜ」 メンタルなボディブローをかまして。 おれを、チャコから遠ざけようというのか。 自然と指先が丸まった。拳のような形になった。これから誰かを殴ろうかというように。固く固く、結ばれて。 おれはサンタ・クロー・ニャンボルギーニを真正面から見据えた。 「だから言っているだろ。おれには尻尾なんぞない!」 人は変わる。 変わらなければならない時が来れば、誰だって。 |
| チャコと猫田のクリスマス物語。 後編はチャコの視点からです。 (2006.12.24) |
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