+-++-++ 阿部のマリア ++-++-+
   
 
 
 暦は12月。
 耳に付くほど甲高い音で、チャイムが鳴り響く。途端にざわつきが起こった。ガタン、ガガッ、あーだりぃ、なー今日どこ行く。耳障りなほどの声と音の中に、ひょっこりと覗く笑顔があった。
 
「阿部くん」
「おー」
 
 呼ばれた阿部が、席に座ったまま片手を上げた。
 少しぶっきらぼうな仕草、少し照れたような顔、身体の中で眠る優しさのすべてを溢れさせた目で、やってくる彼女を見ている。
 
「ねえ、今日」
 彼女が何か言い出す前に、阿部がポンと顔の前で手を合わせた。まるで拝むように。
「悪い、今日は塚本と約束が」
 チラリと、こっちに流し目を送ってくる。
 
 その視線をたどるように、阿部の彼女も俺に目を向けてきた。まるで子供のように頬を膨らませて。
 
「えー、せっかく駅前のタロット館の予約が取れたのに」
「なんだよ、そのタロット館ってのは」
「めっちゃ当たる占い師がいるんだって」
「占い?」
「そう。阿部くんとのこと、占ってもらうんだー。どーする、運命の相手だとか、ラブラブで言うことナシなんて言われちゃったら。きゃー。阿部くん、もうあたしのこと離せなくなっちゃうね」
「あのな…」
 
「なによ、そのバカにした顔は。塚本くんもなんとか言ってよ、このバカに」
 
 阿部の彼女が、俺の肩をバシンと叩いてきた。
 風で、甘い香りが流れてくる。
 甘い甘い、フロー……
 
「んー、そーねぇ、阿部はバカだからな、バカに何言っても無駄だって」
「あはは、塚本くんたら容赦ない」
「このクソ塚本、すかしやがって、お前こそバーカ、バーカ」
 隣の席から、わざと軽く蹴りを入れてきて、阿部が笑う。
 
「………」
 お前はバカだ、人の気も知らねーで。
 
 カバンを肩にかけて、立ち上がった。ガガッと、椅子が床を滑る音が響く。
 
「俺、帰るから、せいぜい仲良く占ってもらえよ」
「おい、けど、今日の約束―――」
「バーカ」
 肩越しにポイと言葉を投げてやった。
 
「今の俺の気分だと、お前じゃ役不足だっつってんの」
 
「この気分屋め!」
 阿部の声が教室を泳いだ。まるで金魚のように、赤い尾ひれで、ヒラヒラ優雅に。それをすくい上げたいと思う前に、廊下に出た。
 
 
 ***

 
 阿部のバカ野郎め、人の気も知らねーで、アホたれ。
 昇降口で、怒りに燃えた。いいや、これは怒りじゃない。苛立ち、そう、誰にぶつけたらいいのか分からない、誰にもぶつけられない、単なる苛立ちだ。
 
 ガツン。
 ゲタ箱の縁を叩いた。
 
「チクショー……」
 鼻の奥がツンときた。12月の寒さのせい……じゃなかった。
 
 なあ、阿部、覚えてるか?
 
 8月の縁日――
 一緒に、金魚すくいやっただろ。俺は1匹もすくえなくて、お前、俺のことさんざんバカにしやがったろ。
 それで金魚すくい屋のオヤジが、同情して1匹だけオマケしてくれた。赤い、小さな、金魚。
 
 あの金魚、たった2週間しか生きなかったんだぜ。2週間ですぐ死んだんだぜ。
 
 俺と、彼女の仲みたいに――
 
 知らないのはお前だけだ。
 甘い甘いフローチャート。俺からお前へと流れた関係。
 
 どう言えばいい。あいつと2週間だけだけど、付き合ったことがあるって、言った方がいいのか。
 それはお前を傷つけるか。
 俺はそんなに器用じゃない。
 お前の隣で笑う、それだけで苦痛だ。
 
「おぅぅい、塚本!」
 バタバタと、上履きの浮ついた足音が迫ってきた。俺の前で屈み込んで、阿部がハァハァと肩を揺らす。
 
「なあ、今日は一緒に、約束、した、だろ。お前、気分屋だけど、オレとの約束だけは破ったことなかったじゃん。なあ、だからさ、なにムカツいてんのか知らねーけど、オレみたいなバカと一緒に遊んでくれんのって、お前だけだからさ、今日は一緒に」
「………」
 追いかけてきたのか、俺のこと……?
 
 たったそれだけのことなのに、俺は、肩から力が抜けた。全身から、ドロドロに腐ったものが落ちた。
 
「なあ、阿部」
「んん?」
 
 置いていかれまいとしているのか、阿部は大急ぎで靴を履き替えている。
 俺はゲタ箱に寄りかかった。
 
「お前の金魚、元気か」
「ああ――」
 
 靴をはきながら顔を上げたせいで、阿部がバランスを崩した。あわわと言いながら、俺の腕を掴んできた。
 
「おー、あぶね、助かった」
 俺の腕を掴んだまま、阿部が屈託のない笑顔を見せた。本当に、屈託のない。
 
「オレの金魚な、みんな元気だぜ。そうそう、結局さ、みんなマリアって名前にした。幸せになれますよーにってな。てか、1匹1匹の区別つかねーんだよ、あれだけいると」
「………」
「なんだよ、塚本、まさかお前の金魚、死んだのか?」
「……ああ」
 
 息を吐いた、その次の瞬間に、阿部が笑い出した。
 
「しょーがねーなぁ、オレの金魚、わけてやるから元気だせ?」
「俺は別にっ」
「1匹だけだったもんなぁ、お前がとれたのって。てゆーか、とったわけじゃないもんな。ほんっと、お前、不器用だよなー」
「悪かったな」
 
 阿部の腕を振り払うと、さっさと昇降口を歩き出た。別段、気にしたような風もなく、阿部も後ろからついてくる。
 
 阿部のバカ野郎め、人の気も知らねーで。
 
「お前、占いはいいのか」
「ああ」
「自信、あんだな」
「まぁな。占いなんかやらなくたって、オレたちラブラブだもんよ」
「……地獄に堕ちやがれ」
「なにをッ。そーゆーこと言ってると、金魚わけてやんねーぞ」
「いらねーよ!」
「けっ、すかしやがって」
 
 隣から、阿部の蹴りが飛んできた。
 
 俺は笑っていた。
 ハハハ。
 阿部、お前はバカだ、人の気も知らねーで。
 
 だから……
 
 お前の金魚が長生きするように、せめて祈ってやろうと思う。
 
 
end  

 

阿部と塚本、なんだか好きです。素敵コンビ。
大人になったら、どっちもイイ男になりそうだ。
そんな期待を込めて。

(2004.11.28)
 

 

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