+-++-++ メリィさん ++-++-+
   
 
 
 僕の家から斜め向こう三軒目のところに、メリィさんは住んでいる。木造の今にも崩れそうな平屋の家に。
 晴れた日には縁側に座って、ポンチという三毛猫と一緒に家の前を通る人々を眺めている。
 雨の日には縁側の奥に陣取って、落ちてくる雨粒をひとつひとつ数えるようにジッと空を見上げている。
 
 僕のじーちゃんとメリィさんは、幼馴染だという。
 
「そりゃあ美人だった、あの人は」
 
 僕が学校から帰ってきて、家の中に僕とじーちゃんしかいない時には、僕にせがまれるままにじーちゃんがメリィさんの話をしてくれた。
 そんなに昔じゃない、むかし話。
 
「ここいらの若い衆は、みんなメリィに夢中になったものさ。バーバー沖のギィくんも、河内肉屋のボリスも、花屋のあの内気なジョナサンさえも」
 
 出てくる名前は、みんな僕の知っている人ばかり。商店街のご隠居さんたちだ。
 
 バーバー沖のギィさんは、気難しそうな顔をしてステッキ片手に散歩をしている姿をよく見るし、河内肉屋のボリスさんは、子供たちに揚げたてのコロッケを振舞っておかみさんに怒られているところを何度か目撃しちゃってるし、花屋のジョナサンさんは、商店街の至る所で可愛らしい花を咲かせる植木鉢を手入れして回っているのをよく見かける。
 
 みんなじーちゃんと同じくらいの年齢で、僕からすると、恋なんて言葉がいまひとつピンとこないおじいちゃんたちだ。
 
「わたしらにだって、若い頃があった。将来に思いを馳せ、夢を抱き、希望に燃えた時代があった。もちろん恋に心を焦がした時代が」
 
 じゃあどうして、メリィさんはひとりなの?
 
 みんなが夢中になったメリィさんは、今にも崩れそうな平屋で、飼い猫のポンチを相棒にひとりで暮らしている。
 だんなさんがいたことも、子供がいたこともない。ずっとひとりで暮らしている。
 
「それはおまえにもそのうち分かる。高等学校を卒業する年齢になったら、適性検査を受けることになっているからの」
 
 適性検査という言葉を使うとき、じーちゃんは渋いお茶を飲む時以上に顔をしかめる。ひどく苦い顔をする。
 
「わしらの頃から、ちょうど始まった。婚姻適性検査……とかいうんだったか? ああ、そうだったな。婚姻契約前提適性検査、長くてたまらんわ、そういう堅っ苦しい検査をするようになった。それまでは婚姻は自由だったんだぞ。まぁ、おまえには想像もつかないだろうが」
 
 メリィさんは、その検査でひっかかってしまったらしい。
 
「みんなショックを受けていた。みんなメリィと一緒になりたいと思っていたからな。いつもクールなギィくんが検査を監督していた役所に怒鳴り込んでいくし、ボリスはあんな大きな図体でおぃおぃ泣くし、ジョナサンなんてショックで口もきけないような有様だった」
 
 そんな中で、当のメリィさんだけがいつもと変わらぬ笑顔を浮かべていたそうだ。
 それを聞いて僕は、飼い猫のポンチを膝に乗せて、いつも静かに微笑んでいるメリィさんの優しい瞳を思い浮かべる。
 
「メリィは強かった。凛としていた。残念だけれども仕方のないことよ。そんな風にアッサリと言う。誰もこの結果を、現実を、認めたくないのに、メリィはさっさと認めてしまった」
 
 じーちゃんたちの時代、婚姻契約はほとんどその意味をなさないような、制度そのものが崩れそうになっていたらしい。婚姻契約を結んでもすぐに解消、また別の人を見つけて契約、またすぐに解消、契約と解消を繰り返す人が多かったんだって。
 何が問題って、子供たちが置いてけぼりを食らうことが一番の社会問題になったのだそう。
 
 そこで多少荒っぽいやり方でも、何とか制度を続けようとしたんだって。
 
「反対の方が六割で多かった。それでも、子供が置き去りにされる現実を前にしたら、誰も強く言えなかった。反対と言う自分たちもまた、そもそも置き去りにされた子供たちだったのだからな」
 
 節くれだったじーちゃんの手が、僕の頭をなでる。これ、こんなことを聞かせて良かったものかどうか、少し後悔した時にする仕種だと、僕は気付いている。
 
 じーちゃんは、自分の子供時代は恵まれてなかったと言う。
 
 戦争や自然災害で多くの人が死に、目を覆いたくなるような陰惨な事件が続発し、食べるものは豊かになってきても、人々の心は飢えたままだった、って。
 
 なにせ文明では腹がふくれないからな、なんて冗談めかして笑う。
 
「おっと、もうこんな時間か。……さあ、これを持っておいき」
 
 僕は、今では見かけることも少なくなった骨董品のコタツから足を引き抜くと、差し出された箱を受け取った。
 把手の付いた白い箱。
 
 じーちゃんが、自分の後ろに置いてあるこれまた骨董品に近い冷蔵庫から取り出したものだ。
 
 僕はそれを片手に持って、もう片方の手を振りながらじーちゃんの部屋から歩いて出る。いつもじーちゃんはコタツの中から手を振り返してくれる。
 でも部屋の外までお見送りはできない。
 
 じーちゃんは去年の暮れに階段で転んでから、足が不自由になった。
 
 僕は白い箱を持って玄関を出た。今日のお天気設定は“晴れ”になっているみたいだった。見上げると、シールドが蒼く点燈している。
 
 シールドの向こうに、かすかーに、青くて丸いものが見えた。地球と言うらしい。じーちゃんたちのじーちゃんは、あそこに住んでいたと言う。
 
 僕は地球をチラチラと眺めながら歩いた。
 
 僕の家から斜め向こう三軒目のメリィさんの家まで。鼻歌を歌いながら歩く。うーさぎうさぎ、なに観てハねる、十五夜おつきさん、みてはぁぁねる。
 童謡と言うんだって。じーちゃんに教えてもらった。僕は昔の歌が好きだ。
 
 この歌が作られたとき、月にはウサギが住んでいると思われていたらしい。もしかしたらその頃は、本当にウサギが住んでいたのかもしれないけれど、今は、ウサギじゃなく僕たちが住んでいる。
 
「あら、いらっしゃい」
 
 メリィさんの家の玄関を通らずに、その横にある通路を通って庭の方に行くと、ちょうどメリィさんがポンチを膝に乗せて日向ぼっこをしていた。
 
「これ、じーちゃんから」
 
 僕はじーちゃんに渡された白い箱を持ち上げて見せると、ヒョイと縁側に腰掛けた。箱をメリィさんに渡すと、腕を伸ばしてお手伝いロボのスイッチを入れた。
 どうやらメリィさんはこのロボがお気に召さないようで、いつも僕がスイッチを入れているような気がする。
 
 ロボは年寄りの犬みたいに唸りを上げると、一旦家の奥へと向かい、僕とメリィさんのために熱いお茶を運んできた。
 
「まったく、最近の若い子は何でも楽をしたがって」
 
 メリィさんは渋い顔をしながらも、ロボの運んできたお茶を、人間が運んできたみたいに「ありがとうよ」と言いながら受け取った。
 僕も真似をして「ありがとう」なんて言って受け取る。ロボは無表情だ。
 
 じーちゃんに持たされた白い箱を開ける。そこには小さなケーキが2つ入っている。僕の家は、ケーキ屋なんだ。
 
「あの人も、気を使うことないのにねぇ」
 
 なんて言いながら、メリィさんはとてもおばーちゃんとは思えない食欲で、パクリとケーキを丸呑みするように食べてしまった。
 僕も真似をして一口で食べようとしたけれど、クリームが縁側にボトリと落ちてしまった。それをポンチがペロッと舐めた。
 
 僕とメリィさんが並んでケーキを食べているところに、ちょうど河内肉屋のボリスさんが通りかかった。
 
「よお、メリィ、元気かい?」
「おかげさんでね」
「あとで揚げたてのコロッケを持ってきてやるよ」
「やだねぇ、たまには高級牛肉でも持ってきておくれよ」
「はっはっはっ、また今度な!」
 
 ボリスさんとメリィさんは笑いながら手を振り合った。そのすぐ後に、ステッキ片手にバーバー沖のギィさんが通りかかる。
 
「ギィちゃん、さっきボリスくんがそっち行ったろ? 会わなかったかい?」
「さてね、あんな男に目を向けてやるほど、ボクの目は物好きじゃないからな」
「やだねぇ、あんたら、未だに仲が悪いのかい」
「仲は悪くないさ、馬が合わないだけで」
 
 それじゃあ、という風にギィさんが手を上げて通り過ぎていった。グリップ部分が真鍮で出来ているステッキがキランと光った。
 
 その真鍮と同じくらい白く光るような花が、ひっそりと庭の片隅で咲いている。きっと、僕が来る少し前に花屋のジョナサンさんが置いていったんだ。
 
 僕はメリィさんの家の縁側で、ウーンと言いながら伸びをした。
 まるで真似をするように、ポンチも身体を伸ばした。それからまたメリィさんの膝に乗って、ウトウト始める。
 
 メリィさんは少し眩しそうに空を見上げた。
 
「明日のお天気設定も晴れだといいねぇ」
 
「明日は曇り設定のはずだよ。週間天気予定では」
 
 僕のじーちゃんが聞かせてくれるメリィさんの話は、いつも同じ言葉で締めくくられる。僕はその言葉が聞きたくて、じーちゃんにメリィさんの話をせがむのかもしれない。
 
 なぁに、どんなに制度が変わろうと、時代が進もうと、人と人との結びつきは、それほど変わりはしないよ。
 ハートが何より大切さ。
 
 僕も、それには何となく同感だ。まだじーちゃんたちには遠く及ばない、恋も知らないひよっこだけれども。
 
 
end  

 

何となく思いついて書いてみました。
SFと言っていいものやら……?
個人的に、科学の進歩と共に捨てられるものなんて
ないと信じています。

(2005.01.30)
 

 

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