+-++-++ 桜センチメント ++-++-+
   
 

 それはもう煮詰まったとか弾けたとかそういうんじゃなく、あたしはあたしの中で息衝く乙女を感じるために、頭をピンクに染めてみた。どピンクに。
 それに髪の毛も刈ってみた。マッシュルームに。
 鏡に映ったあたしはまるで毒キノコ。
 ファンキィでパンキィでラリパッパ。
 それなのに顔の表情がまるで冴えていない。目は死んだようにドロンとしていて、目の下には薄青いクマができていて、鼻の頭は酔っ払いみたいに赤く、頬はドラキュラみたいに青白かった。
 笑おうと思った。
 ほら見て。
 このあたしを見て。
 ピンクの頭をした毒キノコみたいなあたしを、ねえ、あたしさん、ほら見てよ。
 それでもまったく鏡の中のあたしは表情が冴えないから、あたしは鏡の横に置いていた化粧ポーチを、バーゲンセールで狙っていた最後の品みたいにひったくると、その中から化粧道具を取り出した。
 そこからはひたすら塗った。
 冴えない顔のあたしを消す、いいえ、上塗りするために、ひたすら塗った。
 塗れば塗るほど冴えない顔は冴えなくなって、もうこれ以上は吐き気がするほど陰惨な顔になって、マスカラをたっぷり付けられたまつげは、カールした分だけ四半世紀をさかのぼった。お母さんの若い頃に似てると、ちらと思った。
 それから赤い口紅をつけた。
 唇よりもはみ出して、赤はさようならさようならと笑うように唇をすべった。ぼってりと、赤いエナメルの靴がそろえて置かれているみたいだった。
 だからあたしはクローゼットの中から、しまいこんでいた赤いエナメルのベルトを出して、それにあわせて黒いサテンのワンピースを出した。
 ノースリーブ。
 まだ季節はノースリーブを許してはいなかったけれど、あたしはそれをまたぐようにして着込むと、一気に背中側のジッパーをあげた。最後、一番上までは届かなかったけど、黒いファーの襟巻きをそこに巻くことにした。
 ピンクの毒キノコは、これから参ります。
 あなたにいえなかったその一言を届けるために、ピンクの毒キノコが参ります。
 鏡の中のあたしに向かって、あたしはそう呟いた。そう呟くと、一刻も早くそうしなければならないような気になって、あたしは玄関に走った。玄関にはナイキの白いスニーカーしかなかったから、それに足を突っ込んだ。
 自転車をこいで、青い空の下をすべるように進んだ。
 街はまだ半ぶん眠りこけていた。春眠暁を覚えず。
 暦の上ではもう春だったけれど、むき出しの腕をすり抜けていく風は正真正銘、けじめを付けずに居残った冬のものだった。
 プツプツと鳥肌が立って、もういっそそのまま羽毛まで生えて、あたしは空を飛べたらいいと思った。
 イフ アイ ワァ ア バード。
 自転車をこぎながら飛んでいる気持ちになっていた。
 白い駅舎が見えてきた。
 電車はまだ見えない。
 あたしは財布を持っていなかったけれど、田舎の駅の改札口には誰の姿もなかった。
 あたしは自転車を駅の改札の横に乗り捨てて、そこから続く階段を、サテンのワンピースの裾を両手で捲り上げて、2段飛ばしで駆け上がった。そんなことをしたのは小学校の5年生の時以来だった。
 はあはぁはぁぁあはぁ。変な風に吐き出される息と、頬を叩く冷たい風。
 あなたはそこにいた。
 卒業式で消滅したクラスのみんなに囲まれて、大きなボストンバッグをひとつ身体の横に置いて、笑って、笑い合って、そこにいた。
 あたしが階段を駆け上った瞬間、その場の空気はきっと一瞬で違うものになっただろうと思う。誰もが黙って、誰もがあたしを見て、誰もが眉をひそめていた。
 ピンクの毒キノコになったあたしをいぶかしんで。
 だけれども、あなただけはいぶかしむことなく、あたしをまっすぐに見詰めて、あたしの方へとまず先に笑顔を飛ばして、それからゆっくりと歩いてきた。
 あたしは、ピンクの毒キノコになったあたしは、あなたを、あなたがあたしのところまで歩いて来るのを、空を飛んでいる気持ちになっていたあたしは、待てなかった。
 走って飛びついた。
 行かないで、なんて言えないと思った。
 あなたはあなたの人生を進む。あなたはこの田舎から飛び立って、春には、大きな街で知らない人に囲まれて暮らす。
 それがあなたの望み、それがあなたの中で息衝く男の子。
 だからあたしはあなたに「行かないで」なんて言えない。
 だからあたしは。
 だからあたしは。
 この破れかぶれのヤケクソの気持ち。これはあたしの中で息衝く乙女の、発露。やりすぎで、メタメタで、毒キノコになっちゃうくらい……。
 あたしは。
 あなたの好きなファンタジーのお姫様にはなれなかったけれど、せめてピンクの毒キノコになって、あなたの記憶に刻まれたいと思った。
 本当はピンクの毒キノコになりたかったわけじゃない。あなたを見送る桜になりたかった。あの街は、桜の咲く日まで、春になっても長い時間がかかると聞いた。
 でも真実を告白するなら桜よりもっとなりたいものがあった。

 イフ アイ ワァ ア バード。
 アイ ド シング ア ラブ ソング。 フォ ユウ。

 あたしを置いていくあなたに、ラブソングを。
 桜センチメント。
 来年の春には絶対に、追いかけていくから。



 
end  

 

散っても咲く桜のように。
今はロックでポップなお別れを。
それが乙女の決死の覚悟。

(2007.03.03)
 

 

 

 

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