オバケってなんだか知ってる? ジェイソンとか幽霊とかじゃなくって、オバケの方ね。 まずオバケというのは人を脅かさなくてはいけない。それも普通くらいの脅かし方じゃなくって、キャーッと悲鳴を上げさせるくらい、思い切り脅かさなくてはいけない。 僕は新米のオバケだ。 名をシンペイと言う。 新米だから新(しん)米(べい)がなまってシンペイになったわけじゃなくって、それがもともとの僕の名前だ。 あ、そんなこと思ってもなかった? え、なに、ギャグセンスが古いって? 仕方ないよ。僕ったらオバケなんだから。 オバケと言えば、もっぱら時代遅れの存在を指して言うんだからね。そりゃナウでヤングなオバケだっているだろうけど。 でもキミたちからしてみれば、きっと今時ポロシャツの襟を立てている人とか、セーターを肩からブランとたらしている人とか、頭のてっぺんと横をトサカ状にクルンとカールさせている人みたいな、そういう程度さ。 やっぱりどうあがいても古いんだよ。 ともかく、僕は人を脅かすために、人けがなくって暗くて寂しくて生暖かい風の吹いてきそうな場所を探している。でも人を脅かそうっていうのに、人けのないところじゃないと駄目だなんて、なかなか厄介だ。 お、ここは――と思ったところで一晩。じっくりあれこれ怖い顔をして待っていたのに、誰も通らなくて疲れちゃったことがある。 お、ここなら――と思って、粘って人が来るまでじっと待っていたのに、先輩のオバケに横取りされたことがある。 なかなか難しいんだ。 とくに最近は、ネオンだ街灯だ、防犯ブザーだセコムだとかで、人々の生活は守られるようになってしまった。 こんな時代にオバケをやるのは、川原で石屋をやるくらい切ないさ。 * そんな僕があの子を見つけたのは、偶然だった。あの子は暗い道を歩いていた。たったひとりで。まだあどけなさの残る顔つきは、中学校にあがったばかりに思えた。もしかしたらまだ小学校だったのかもしれない。 そのくらいあどけない顔で、あの子は暗い道を歩いていた。度胸があるんだなと、僕は人事ながら感心したよ。僕なんて、オバケじゃなかったら、明るい部屋の中でソファーに座ってゴロリとしていたいもの。 その子は、男の子だった。 それでヨシと思った。 なんとなく、女の子を脅かすのはちょっぴり胸が痛むんだ。キャアッと言われた時はやったーと思うんだけど、走って逃げていく細い背中を見ると、やっぱりかわいそうになる。泣いちゃったかなと思うと、胸がシクシク痛み始める。まるで胃が痛いみたいに。胃なんてないのにね。 だから僕は、女の子は脅かさないことに決めているんだ。 もっとも、先輩のオバケに言わせたら、女の方がだんぜん強いぜって笑うんだけどね。そんなことは、新米の僕に分かるわけもない。先輩のオバケが僕をからかうために、ウソを言っているのかもしれないもの。 そんなわけで僕は、久しぶりのターゲットに両手をすり合わせながら近づいていった。どんな風に脅かそうか、そんなことも考えないで。 いきなり。 そう、いきなりだ。生ぬるい風も、ヒュードロドロの音も、予告も何もなく。 いきなり、出し抜けに、男の子の前に、僕としては精一杯の怖い顔で立ちふさがってみた。本当は「オバケだぞ!」の一言なりと言ってやりたかったけれど、我慢した。あんまり怖がらせたらいけないと思ったんだ。 ところが、その男の子は僕を一瞥のうちに切り捨てた。 切り捨てるって別に、ナイフで引き裂かれたわけじゃなくて、分かりやすく言えば無視されたんだ。 男の子はほんの一瞬だけ僕に視線を向けて、そこに壁があると確認したみたいな涼しい顔で、視線を逸らした。 そこに僕じゃなく虫がいたとしても、もっと表情が変わっていただろう。そのくらい、無表情だった。なんの驚きもなかった。 なんで? さすがに無視されたのは初めてのことで、僕は歩き去っていく男の子の背中を黙って見送るしかなかった。 * 世の中には、オバケの見えない人がごまんといる。もしかしたら、ほとんどの人には見えないのかもしれない。 でもね、それは僕たちオバケの方が、その人のことを、ターゲットとしてロックオンしていないせいだ。 僕たちがロックオンしたターゲットには必ず、僕たちの姿が見えている。見せようと思ってがんばっているんだ。見えない人の前で怖い顔をしたって、間抜けなだけだよ。 だから、あの男の子に僕の姿が見えなかった、なんてことは考えられない。 つまり、見えたのに、無視された。 これは衝撃の事実だった。 もしも今の僕が人生に疲れた中年のサラリーマンだったら、場末の飲み屋でたまたま隣同士になった人を相手に、迷惑にも延々くだを巻いてしまっていただろう。 そのくらい、何かに、誰かに、この不可思議な、いいや、理不尽な、そうだ、理不尽だ、僕にとってはただの出来事ではなくって、まるで何かの仕打ちにも思える、あの出会いについてぶつけたかった。 でも僕は飲み屋に入るわけにもいかないし、周りは先輩のオバケばかりなので、素直にくだを巻かせてもらえるとは思えなかった。 だから川原に座って、川に石を投げることにした。あんまり大きな石を投げると目立つので、ほんの小石を。 その放り投げた小石を、川に住むオバケが僕に向かって投げ返してきた。 それでなんとなく、僕と川に住むオバケとのキャッチボールになった。僕は最初こそ膝を抱えて座っていたのに、いつの間にか立ち上がって川に向かって全力で小石を投げている。どんなに遠くに投げても、川に住むオバケはそれをキャッチして投げ返してくるんだ。 こんなので僕の気持ちが晴れるわけもない。 そもそも、キャッチボールがしたかったわけじゃないのだ。 そのうちに、どうして僕ってオバケなのかなーなんて、存在の意義なんかを考え始める。先輩のオバケに言わせたら、そういうのは新米の頃に誰もが通る道なんだぜって笑うだけだけどさ。 でもどうして、僕ってオバケなんだろうって思う。 オバケ以外の存在の方がよかった、なんて言いたいわけじゃないんだ。ただ、純粋に不思議なんだ。 生まれた時からオバケで、それ以外ではない、それ以外にはありえない。もっと自由に、オバケ以外のものにもなれたらいいのに。せっかくオバケなんだから。それこそ道端の花にだって、なってみたいと思うことがある。 なんだか、オバケって案外と不自由だ。 僕がオバケをやめたいと思ったら、どうやってオバケをやめたらいいんだろう。 * その男の子に再会したのは、また暗い夜道でのことだった。僕はオバケでいることに、なんだかとても疲れていて、男の子が歩いてきたのに気付かなかった。オバケ失格だ。 男の子は僕の横を行き過ぎて、でも戻ってきた。 この前と同じ、相変わらずの無表情で。オバケの僕を見ても、顔色ひとつ変えないで。 「おれね、幽霊だから」 だから僕を見ても驚かなかったと言いたいようだ。 でも僕はビックリして、実を言うと僕は幽霊って初めて見たんだ――無遠慮に、男の子をジロジロと眺め回した。人間そっくりだった。先輩のオバケから聞いていた姿と微妙に違う。 だってこの男の子には足がある。 そのことを指摘すると、男の子はヒョイと肩をすくめた。仕方がないだろ、という言葉が出てきた。 「足を消すことができなかったんだ」 僕はわけが分からなくなって、どういう意味なのか、男の子に説明を求めた。男の子はやっぱり無表情のまま、言った。 「人間をやめたら、幽霊になるんだってさ。だからおれは幽霊。生きているけど、幽霊になった。誰も、おれのことなんか、見ないし、必要としないから、おれは幽霊」 何か重大な秘密を隠し持っているようなうるんだ大きな瞳で、男の子は言った。幽霊という言葉を、プツンと噛み切るように、男の子は唇をかみ締めている。幽霊のくせに、幽霊が嫌いみたいだった。 僕は、変なの、と思ったけど、ちょっと嬉しかった。 じゃあさ、オバケのくせにオバケをやめたい僕と、生きているくせに幽霊のキミって、ちょっと似てるね、と言ってみた。 男の子は睨みつけるように僕を見たけど、急に顔を赤くした。 僕が、ちょっと似てるね、の続きを言ったせいかもしれない。 「オバケのくせに!」 男の子は怒ったようにそう言って、走り出した。僕はなんだか悲しかったけど、脅かした時よりずっと、オバケってこんなものだよなぁと思えた。 人間は人間をやめたら幽霊になれるのに、オバケはオバケをやめられない。 ずるいなぁ、と思う。 僕は男の子の走っていった方角を眺めた。道はずっと向こうまで暗かった。 暗い夜道に、僕だってひとりで立っているけど。 あの男の子だって、ひとりで歩いていると思っている。 人ってさ、誰も見ていない、とか、誰も必要としていない、とか言う時に、絶対にオバケをカウントしてくれないよね。 そりゃ時代遅れで古い存在だけど。 案外、近くにいるのにな。 だから。 僕はさっき男の子に。 僕はキミのこと脅かせなかったけど、ずっと傍にいることはできるよって言ったんだ。
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| 無表情の男の子の、その表情を変えたものは、 オバケの優しい本心でした。 (2007.07.31) |
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