道の真ん中で貝殻を拾った。 海岸線なんてこれっぽっちも見えない山の中の道路で……。 貝殻とは言いながらも、僕はそれを拾い上げるまで何が落ちているのか見当もつかなかった。道の真ん中でそれが、まるで夜空の星のようにピカピカ蛍光色に光っていたせいだ。 「それはきっと宇宙人のウンチよ」 先進的な僕の彼女はそう断言した。 時々、見た目は大人しい彼女の、あまりに先進的であまりに一般からかけ離れた不可解な言動に、僕は彼女との付き合いを見直したい気持ちになることもあるけれど、その時はそれもアリかもしれないと思った。 そのくらい、風変わりな貝殻だったのだ。 なにせ道の真ん中で発光する貝殻だ。 なんの変哲もない毎日をなんの疑問も持たずに平凡に送っている僕が拾うには、なにか神様の見えざる手でも働かない限り無理だ。 そんなわけで僕は諸々のことを図書館で調べ倒した。 地上で生きる貝の種類はいるのか。発光する貝の仕組みはどうなっているのか。そして、宇宙人はウンチをするのか。 結果は、よく分からない。 あれだけ時間をかけて調べつくして、結局、発光する貝殻は発光する謎の貝殻であるという結論に達してしまっただけだった。 「こんなもの、捨ててきちゃえばいいのに」 先週別れを切り出してきて、今週それを撤回してきた僕の彼女は、今は僕の隣で彼女いわく"宇宙人のウンチ"を眺めている。 「また、光ることがあるかな」 僕も彼女の隣で大人しく貝殻を眺めた。 あの夜以来、貝殻は一度も発光していない。やっぱり道の真ん中に置いておかないと駄目なのだろうか。 もしかしたら偶然の力だろうが必然の理だろうが、とにかく、ある条件がそろった状況下でなければ発光しないのかもしれない。 それは、恋とちょっと似ている――と僕は思った。 * 彼女と僕が出会ったのは、沿線の鉄道のほとんどが乗り入れている大きな駅の近くの、デパートの中だった。 出会うだけならたくさんの人と出会う場所だ。その日、一瞬でも目が合った人はたくさんいた。すれ違った人は数え切れないくらい。 でも僕の落とした小銭が吸い寄せられるように転がっていったのは、彼女の足元だった。そしてそれを、驚くほど素早く足で踏ん付けたのも、彼女だった。 踏ん付けた後で僕の顔を見て、ちょっとマズイところを見られたという顔を、彼女はした。恥ずかしかったのか、バツが悪かったのか、彼女は内心の動揺を押し隠すように、少しアゴを反らした。 たったそれだけのこと。 でも、たったそれだけのことの中に、たくさんの可能性が詰め込まれていた。 もしも小銭が彼女の足元に転がっていかなかったら。 もしも彼女がそれを素早く踏ん付けていなかったら。 もしも彼女が人のお金を踏み付けて平然としている人だったら。 そもそもの話―― もしも僕がデパートに出かけていなかったら。 もしも僕がこの世に生きていなかったら。 たくさんの偶然と、揃うべき条件がピタリと重なって、僕は彼女に恋をした。 このとき、デパートの通路の真ん中で発光していたのは、もしかしたら僕の孤独な心だったかもしれない。 だからこの貝殻も、もしかしたら誰かに見つけてほしかったのかもしれない。 僕が、彼女と出会ったみたいに。 * そんなことを部屋でくつろいでいる時に彼女に話したら、彼女は少し鼻白んで「そんなの勝手な想像よ」と言った。 それどころか、僕との出会いさえ覚えていないふりをした。そんなこと早く忘れなさいよ、とまで言った。 その後で、苛立っているのか照れているのか分からない、ちょっと力を込めて僕の背中を叩いてきた。気がすむまでしばらく僕の背中を叩いてから、彼女は、改まって僕の前で正座した。 手にはあの貝殻を持っている。 「宇宙人のウンチなんて捨ててよ」 「まだそうと決まったわけじゃないよ」 「決まってなくても捨ててよ、こんなもの」 「どうして?」 僕が尋ねると、彼女は言葉に詰まって唇を尖らせた。 彼女は、見た目はとても普通でどこにでもいる一般的な女性なのに、時々信じられないくらい平凡でなくなる。 「いいわ、わたしが捨ててきてあげるから」 そう言って、彼女は僕が道で拾った貝殻を持って出ていった。その素早さは電光石火だった。 反対に僕はヨボヨボのおじいさんになったみたいに、小指ひとつ動かすこともできず、呆然と彼女を見送った。 たっぷり十分近く経ってからようやく、僕は彼女を追いかけた。 追いかけたのは、彼女がサンダルを履かずに出ていったことに気付いたからだ。彼女は裸足で出ていってしまった。 そんなに、貝殻が気に入らなかったのだろうか。 貝殻のなにが、そんなに気に入らなかったのだろう。 * 部屋を出て、僕はしばらくあたりを見回した。外は夜だった。謎の貝殻を抱いて、裸足で、彼女はどっちに行ったのだろう。 考えてみても分からない。 僕はなんとなく足の向く方向へと走り出した。 予感があったとか、運命に導かれたとか、後になればそんな風にロマンチックに付け足すことができるかもしれないけれど、僕は彼女を見つけることができた。 彼女は道の真ん中に立っていた。 あの貝殻を見つけた場所で。 足元にはあの発光する貝殻が置いてあった。 彼女は僕に気付いて振り返った。蛍光色に光る貝殻のせいで、下手なホラー映画より迫力のある顔になっていた。 「ずっと変だと思っていたんでしょ。だから、ここに来たんでしょ」 僕には彼女が何を言いたいのかよく分からなかった。 黙っていると、彼女はポロリと涙をこぼした。そして、驚愕の事実を口にした。 「わたし、宇宙人なのよ」 「え……?」 「宇宙人なの、わたし。言ってる意味、分かるでしょ?」 それじゃあ…… 僕はゴクリと喉を鳴らし、勇気を振りしぼって彼女に尋ねた。 「それじゃあ、その貝殻は……きみのウン――」 すべてを言い終わる前に、発光する貝殻が飛んできた。彼女が投げたのだ。 「そんなわけないでしょ! それは、あなたにその装置を捨ててもらうためよ!」 捨ててもらうためとは言え、宇宙人のウンチなんて思い切ったことを考えたものだ。もしかしたら彼女も必死だったのかもしれない。 「ずっと黙っているのがつらくなったのよ。だから、もう、あなたと別れて、星に帰ろうと思ったの。それなのに、いよいよって時になってあなたがやって来て、本当にびっくりしたんだから。その貝殻みたいなものは、宇宙船を呼ぶための装置なのよ」 だから先週、別れを切り出してきたのか。 僕は彼女の投げてきた貝殻を握り締めて、ぼんやりと考えた。 先週、彼女に別れを切り出されて、こんな山の中の何もない道路を僕が歩いていた理由。それを話したら、彼女は泣きやんでくれるだろうか。 あの日もそう。デパートの中で小銭が彼女の足元に転がっていったのは、確かに偶然ではあったけれど、それはもしかしたら本当に運命だったのかもしれないということ。 僕はポケットの中の小銭を、反対の手の指先で確かめた。 ただの小銭じゃあない。 「それで、今度こそ帰るの?」 発光を続ける貝殻を握り締めたまま、僕は彼女に尋ねた。彼女は無言のまま僕のもとまで歩いてきた。ヒタヒタと、裸足のままで。 それから、何かを決意したような瞳で僕を見上げてきた。 「あなたが捨ててくれたら帰らない」 「帰らないというか、帰れなくなるよ」 「分かってる」 「帰りたくても、帰れなくなるんだよ?」 「そうよ」 彼女の覚悟は相当なもので、まるでこれから命がけの戦いを挑むかのように瞳をギラギラと光らせている。貝殻の発光よりずっと、強い強い光だ。 僕は、ポケットの中から小銭を取り出した。そしてそれを、彼女の手に乗せた。突然そんなことをされて、彼女は怪訝な顔をしている。 「大事なものと大事なものを交換しよう。捨てるより、たぶん、ずっといい」 後悔したら、僕の手から取り戻せばいい。 捨てる神があれば、拾う神がいる。彼女の大切なものを捨てて、僕以外のものに拾われたら困る――。 僕は貝殻をポケットにねじ込んで歩き出した。どんな作用が働いたのか、その途端、貝殻は発光をやめた。 歩き出した僕の隣に、彼女が並んできた。ヒタヒタと裸足のまま。僕はこの時になって初めて、彼女のサンダルを持ってこなかったことに気付いた。 その罪滅ぼしと、もうひとつの罪滅ぼしのために、彼女の前で背中を向けてしゃがむと、彼女は勢いよく背中に乗ってきた。 誰かをおんぶするのは、本当に久しぶりのことだった。 「ねえ、ところで、この小銭はなに?」 「僕にとっては命より大事なものだよ」 「えー。こんな古くさい硬貨が? それにちょっと焦げてるわよ?」 彼女の手に乗っているのは、今はもう流通していない古い時代の硬貨。彼女の手の中の硬貨を見下ろして、僕は頷いた。 「そうだよ、物には見た目では分からない価値があるんだ」 正直に告白すれば、これは、僕に与えられた最後のお賽銭なのだ。 山火事で消失した稲荷神社が再建されることなく取り壊され、帰る場所を失った僕は、何の疑問も持たずに人の世界で暮らした。 人に化けるのはお手の物だったし、人の世界に混じっても取り立てて困ることもなかった。 だから僕は平凡で、何の変哲もない毎日を送っていた。孤独ということの意味すら、忘れかけていた。 あの日あのとき、僕にとって最後のお賽銭が彼女の元へと転がった瞬間―― 神様の声を、久しぶりに聞いたような気がした。 「その昔、このあたりには小さな集落があったんだよ」 「集落?」 「そう。今は打ち捨てられてしまったけど、ほら、あそこに柿の木があるだろう。暗くて見えないかな。あの柿の木の下で、よく昼寝をしたよ」 僕は彼女をおんぶしたまま、僕の送ってきた毎日の話をした。まだ人の世界に混じる前の話を。 宇宙人の彼女に、社だの眷属だのお賽銭だの五穀豊穣なんかの話が通じるかどうかは分からなかったけれど。 僕は、彼女に話し続けた。 僕がどれだけ、彼女と、この世界のすべてを愛しているかということを。
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| 星の貝殻(スターシェル)は照明弾。 運命を導く照明弾。 捨てられないのは、 きみを誰にも渡したくないから。 (2008.05.02) |
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