それはある日の学校帰りのこと。道の真ん中に、ちっちゃな卵が落ちていた。 「ねえ、メジロ、あれ、何だと思う?」 「……卵だろ」 メジロはそう言って、すぐに持っていた鏡に視線を戻した。きれいにセットされた髪を更に指で微調整している。 学校からの帰り道、ミドリ町の細い路地でのことだった。 「――あ、おい。ウグイス!」 私は道の真ん中まで歩いていって、卵を拾った。放ってはおけなかった。こんな小さな卵、車が通ったら一発で潰されてしまう。 「おまえもお人好しだなぁ、そんな卵なんか放っておきゃあいいのに」 そんなメジロの声に、私は手の平でソッと卵を包み込みながら言い返した。 「だって気になるのよ。こんな道の真ん中に卵が落ちてるなんて。何の卵かしら?」 「さぁねぇ。ニワトリの卵にしちゃあ小さいな」 「ウズラの卵よりは大きいわ」 手の平に置かれた卵は、まるで真珠のように白く輝いている。最初は無関心を決め込んでいたメジロも、段々と卵に興味を示し始めた。 「よし、おまえ、それを孵化させてみろよ」 「またメジロはそんな簡単に言うんだから、何の卵かも分からないのに」 「孵ってみたら分かるだろ、何かは出てくるだろうし」 「その前に、上手く孵せるかしら」 「おまえなら出来る出来る。何たって、うぐいす動物病院の跡取り令嬢だ」 「――家のことは関係ないでしょ」 私がむくれると、メジロは笑う。いつもそう。 いつも、私はメジロの思い付きと笑顔に振り回される。幼稚園の時に出会ってから、ずっと。私たちは、仲の良い幼馴染。 それ以上には……なれないのかもしれない。
翌日―― 「ウグイス、あの卵、孵ったか?」 「そんなにすぐ孵るわけがないでしょ」 「ふぅん、そっか」 「そうよ」 私とメジロはミドリ町の大通りを歩いていた。今日は土曜日で、午前中の授業が終わって家に帰る途中だった。 土曜日ということもあって、大通りには結構な人出があった。 すれ違う人のほとんどが、一瞬だろうと何秒間だろうと、メジロに見惚れていく。 私はこんな時、胸の奥の方から急に浮上してくる劣等感を無視するのに必死になる。メジロと私を見比べる、人々の視線をやり過ごすことにも。 「そうだ、ウグイス、交差点の横に出来た店に寄っていかねえ?」 急にメジロがそんなことを言い出した。 交差点の横に? いつの間にそんなお店が出来たのか、私はまったく気付かなかった。 「それって何のお店?」 「何のって、洋服」 メジロにとって、お店と言えばファッションに関連するもの。私は正直、あまり興味がないのだけど、ついつい頷いてしまう。 「な、こういうの、似合うと思わね?」 「メジロは何を着ても似合うから」 「違う違う、おまえに」 洋服を胸の辺りにあてられて、私は咄嗟に店員の目が気になった。恥ずかしくてたまらなくなった。きっと似合わないと思われてる。 「いいわ、もう帰る。卵も気になるし」 「あっ、おい――」 メジロが止めるのも聞かずに、私は店を飛び出した。 メジロは派手で目立つ。 私は地味で目立たない。 そのことが、16年間の幼馴染関係を、日々危くする。どうしようもないことなのに、気持ちが沈みこんでしまう。メジロはよく女の子に声をかけられる。たぶん、モテている。雑誌のスカウトにも声をかけられたことがある。 そのくらい、派手で目立つメジロ。それなのに、地味な私の隣を歩く。 それは幼馴染だから? チクンと、胸が痛くなった。幼馴染。その言葉に、まるで針でも含まれているみたいに。 帰ってから卵の様子を見ると、昨日は白かったはずなのに、何故か全体がブルーに変色していた。 ―――まるで今の私の気分みたいに。 卵が青くなるなんてことがあるのか、本やインターネットでも調べてみたけれど、結局よく分からなかった。
その日の夜―― 「もしもし」 携帯電話が鳴った。メジロの声が、普段聞くよりもザラザラとして耳に届く。 『……なんか言えよ』 「話すことがないもの」 携帯電話の向こうでメジロが沈黙する。時折、テレビの音なのか、ドッと笑う音声だけが聞こえてきて、白々しい空気がこちらにも届く。 『そうだ、卵はどうなった?』 「まだ孵ってないわ」 私の声に尖ったものを感じたのか、メジロが咳払いをした。 『えーと、なんだ、その。万が一その卵が孵らなくても、いいじゃないの。ウグイスの愛の力で孵らないなんて、卵の風上にも置けない卵だ』 「……なにそれ」 『だから、あれだ。親は偉大でも子がグレる場合だってある』 「……だからなにそれ」 『……令嬢の隣を歩くのだって、けっこう気を遣うんだぜ』 「なによ、それ!」 携帯電話の向こうでメジロが笑った。でもそれはいつもの笑い声じゃなかった。 『しょーがないだろ。気を遣うけど、隣を歩きたいんだ。こんな奴が隣にいたら、おまえの親からは、うちの子がグレたと思われるかもしれないけどさ』 そんな風に言われて、急に顔が熱くなった。 メジロ、それって……? 動揺を押し隠そうとした私の目に、父さんが作ってくれた簡易孵卵器の中で眠る卵が飛び込んできた。 「――あ」 『どうした?』 卵がピンク色になっている。さっきまでは確かに、ブルーだったのに。 私は携帯電話を握り締めて、メジロにそのことを話した。 『見間違いじゃないのか?』 「ブルーになったのは見間違いかもしれないけど、今は確かにピンク色なのよ」 『マジで?』 「まじで!」 声の調子を合わせると、携帯電話の向こうでメジロが笑った。 『そりゃきっと、ウグイスの愛でピンクに染まったんだ』 「もう、ふざけないでよ」 再び笑い声。今度は私も一緒になって笑った。 『とにかく、順調に育ってるみたいだな。何が出てくるか楽しみだ』 「父さんは野鳥の可能性が高いって」 『野鳥ねぇ、なんだろな』 不思議な卵―― まるで私の気分に合わせるように、ブルーになったり、ピンクになったり。 この卵殻を破って出てくるものは、やっぱり不思議な生き物なのかもしれない。うまく孵せたら、メジロと一緒に名前をつけよう。 ついでに、私とメジロの16年間の幼馴染関係も、孵化したらいいのに……ね。
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| 以前、拍手のお礼小説として書いたものを、 加筆修正してアップしました。 あの卵がなんの卵かは、もうお分かりですよね。 私たちがウグイスと思っている緑色の鳥は、 実はメジロなのです。 本当のウグイスは、 声は美しいけれど、外見はとても地味なのです。 (2006.05.04) |
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