★+-++-++ べにほほあかっきの赤い翼 ++-++-+★
   
 
1.
 冬のある日。
 ―――もっと詳しく言うとね、気温で考えると冬としか思えないのに、春休みって名前の付いているある日。
 それはいつものように、ミドリ町にあるおとぎ話に出てくるような蒔田の家へ、僕が遊びにいった時のこと。
「いらっしゃい、小日向〜」
 ニイッと、いつもの満面の笑みで迎えてくれた蒔田。でもその格好を見て、僕はギョッとしてしまった。
 小学校の時に使っていた体操服の半ズボン、その上にセーターを着て、それだけだと足が寒いのか、シマシマのハイソックスを膝のところまで伸ばしている。セーターの裾からのぞいているのは、いつか見た水玉のパジャマ。
 とっても、とっても、蒔田らしくない、だらしのない格好だった。
「どうしたの、風邪でも引いたの?」
「ん〜。風邪って言うか」
 蒔田はヒョイと玄関のドアから遠ざかって、僕はその後を追うように玄関へと一歩足を踏み入れた。
 瞬間――――
「わっ…」
 あまりの惨状に、僕は思わず仰け反りそうだった。
 玄関には、脱ぎ散らかされた靴がてんでバラバラに散乱していた。それも足の踏み場もないくらいに。
 更に、どうして靴箱の上にこんなものがあるんだろうと首を捻りたくなる―――絵の具のチューブ。しかもキャップが開いた状態のものまで。いくつかは靴や床をカラフルに染めていた。
 前方には、玄関マットの代わりとでも言うのか、コートがダラーンと伸びている。伸びているのはコートだけじゃなくって、その横には靴下が片方だけ年寄りの犬みたいに伏せをしていた。
 廊下の奥に向かって、洋服が点々とまるで飛び石のように点在している。
 それ以外にも、小ビンや紙袋、メモ書き、教科書まで散乱していた。
「蒔田、ちょっとは片付けないと」
 セーターでモコモコした背中を、寒そうに丸めて歩く蒔田。上半身はモコモコしているのに、下半身は半ズボンでヒョロリとしてて、まるで冬の鳥みたいだ。僕の勧めに、蒔田は「んー」と気のない返事をよこした。
 具合が悪いのかな。
 こんな時に遊びに来ちゃって悪いなぁと思いながら、僕は無意識に脱ぎ散らかされた服を拾いながら歩いていた。
 僕が無意識にこんなことをしているのは、僕の両親はしつけにはとてもうるさくて、片付けないと怒られるから。
 で、さらに、僕には姉ちゃんがいるんだけど、大抵散らかすのは姉ちゃんで、片付けるのは僕という………自分でも納得できない役割分担が出来上がっちゃっているからなんだ。
 あーあ。もう。
 こういうのを習性って言うのかなぁ。
 ふと、真っ赤な靴下を拾うおうとした手の向こうに、小さな足が見えた。
「あ、紅絽子ちゃん」
 蒔田の妹、紅絽子ちゃんが立っていた。蒔田とは違って、さすがに女の子だからなのか、きちんとワンピースを着ていた。ただ、靴下の色が、右足と左足では違っているけれど。
「すごい状態だね、その、ちょっと手伝ってもらえる?」
「………」
 紅絽子ちゃんはじっと僕を見詰めて、分かったという風に頷くと、ワンピースのポケットからマジックを取り出した。
 それで何をするんだろうと首を傾げる僕の前で、紅絽子ちゃんはスカートを花のように広げてしゃがみ込んだ。
 キュポンッと、マジックのキャップを外す。
 そして―――
 キュキュキューッと、床に何やら書き始めた。
「わっわわわーっ!」
 慌てる僕なんて別世界。
 紅絽子ちゃんは、廊下に立派な魔方陣を書き上げてしまった。そして、こしょこしょこしょっと、何かを呟く。
 途端。
 ゴオオオオオオッと風が舞い上がり、僕の手から、拾い集めた洋服が瞬時に消えた。
 僕が拾い集めた洋服だけじゃなく、廊下に点在していた洋服も、小ビンや紙袋や教科書も。廊下にはチリひとつ見当たらなくなった。
「あ、もしかして、魔法で片付けたの…?」
 僕の質問に、紅絽子ちゃんはコクリと首を前に倒した。大きな目の上で切りそろえられた前髪が、サラリと揺れる。
「へえ、さすが魔女を目指しているだけあるね、すごいなー」
 すごいなーの、なーの部分で、僕は足元にクッキリしっかり残っている魔方陣に目を向けた。
「………」
 これ、どうやって消すんだろう。
 まさか、魔方陣は魔法では消せない、とかじゃないよね?
 そんな僕の不安が的中したのか、紅絽子ちゃんは魔方陣を消そうという仕種も見せずにスタスタと去っていった。
 えっえっえっ、ちょっと?
 どうするの、これ〜〜〜っ!?

☆★☆

「ムラサキが帰ってこないんだ」
 ここもまたすごい惨状であるダイニングで、テーブルの上に頬杖をついて、蒔田がドロンとした瞳で言った。
 そうとう、マイっているみたいだった。
 蒔田が肘をついているテーブルの上は、食べ終えたお皿が出しっぱなしになっていて、まだ中身の少し入っているカップもそのままで、こんなこと、ムラサキさんがいた時には絶対にあり得ないことだった。
 ふと見れば、色鉛筆をかたどったゴミ箱からコンビニのお弁当容器がはみ出している。味気ないプラスチックの突端が、ダイニング全体を荒んだ雰囲気に変えていた。
「帰ってこないって、ムラサキさんが?」
 僕は蒔田の言葉を、信じられない思いで聞き返した。
 蒔田はため息をついて、コクンと頷く。
「もう1週間だよ。ヲレが学校から帰ってきた時にすれ違うように出かけていって、そのまま帰ってこない」
「うそ。どうしちゃったんだろ………あっ!」
 僕は思いついたことを聞いてみた。
「もしかして、冬眠、とか?」
「とーみん?」
 蒔田は頬杖をついたまま、ちょっぴり唇を尖らせて僕を見た。
「えっとね、小日向、ムラサキは蛇じゃあないんだよ。竜族。竜族が冬眠するなんてヲレは聞いたことない。今までムラサキと暮らしてて、ムラサキが冬眠のために消えたことなんて1度もないよ」
 ハァッとため息をつかれて、僕は申し訳なくって首を縮めた。
 ムラサキさんって、時々紫色のヘビに変身するから、思わず……。蛇じゃなくて竜族だってことは聞いていたんだけど。
 蒔田はため息をついた分だけ力が抜けてしまったのか、片手で支えていた顎を、今度は両手で支えることにしたようだ。チューリップ型に開いた手の平の中で、蒔田の唇が、再びため息を吐いている。
 それにしたって変だよね。
 ムラサキさんは人間の姿をしている時は、ビジュアル系バンドでもしていそうな退廃的な雰囲気のある人……人?……と言ってしまっていいのかどうかは分からないけど、料理好きで人間好きで、黙ってどこかに行ってしまうようなタイプじゃないのに。
「じゃあ蒔田、今は紅絽子ちゃんと2人だけなの?」
「そ」
「大丈夫なの?」
「ん…」
 僕の質問に蒔田はそれなりに答えてくれるのだけれども、そこにはため息という合の手が入っていて、何だか妙な気持ちだった。
 その僕の妙な気持ちは、次の蒔田の一言で、ますます大きくなることになった。
「ヲレ、愛想尽かされちゃったのかな〜」
 ショボンとしている蒔田を見て、僕はもう一度この家に来た時みたいにギョッとすることになった。
 だって。
 蒔田だよ?
 小学校の時はクラス1のしっかり者で、女の子にも人気があって人望もあって、成績も良くて運動神経も良くて、常に前向きで……
 だから今回のことも、アッハッハッて、余裕たっぷりに笑い飛ばすかと思った。
「ね、小日向、ヲレ、何か悪いところあったのかな?」
「そんなこと…」
「ヲレ、そりゃ確かにムラサキが片付ける端から散らかして、靴だって、脱ぐ時にスポーンって飛ばすから、玄関に入ったら問答無用でムラサキに靴紐を解かれるようになったくらいだけど」
「あっ、それって」
「でもさでもさ、そのくらいは普通だよな、小日向だってそうだろ? 靴飛ばすよね? 鞄投げるよね? だよね?」
「えっ…」
 同意を求められて、僕は困ってしまった。
 初めて蒔田の家に来たとき、それは僕と蒔田が入れ替わった時のことだけど、あの時ムラサキさんが当然のことのように靴紐を解き始めたのは、そういう理由があったからなのかぁなんて、蒔田に聞かれたこととはまるで関係ないことで納得して頷いていたからだ。
「それにしても、本当にどうしちゃったんだろうね、ムラサキさん。探してみたの?」
「もちろんさ!」
 僕の何気ない一言で、蒔田が指を折りながら探した箇所を挙げていった。
「商店街のフルーツパーラーだろ、ムラサキはあそこの苺ジュースに目がないんだ、それに中学校の裏手の林、紫色のんじゃにかが出た付近ね、あれからあの辺りを散策してるみたいだったし、マッシロシロンが出た雑木林だって行ってみたし、よく買い物に行く八百屋さんやお肉屋さんの店の奥も、小日向ん家の近所、それにちょっと小さな横穴でもあったら、全部覗いて見て回ったよ」
「蒔田、横穴って……」
「あっ」
 僕のツッコミに、蒔田はばつの悪そうな顔をして頬をかいた。
 なぁんだ、蒔田も冬眠説を捨ててはいなかったんだ。
「100年に1度は冬眠する……なんて可能性もあるかと思ってね」
「でも見つからなかったの?」
「うん」
 それっきり、シーンとしてしまった。
 僕も蒔田も、続けていけそうな言葉を失ってしまった。

 
 
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