★+-++-++ べにほほあかっきの赤い翼 ++-++-+★
   
 
3.
 それから4時間近く。
 僕たちはまるで風のように街の中を縦横無尽に飛び回った。
 電線が、まるでプールに浮かべられたロープみたいに感じた。潜り抜けたり飛び越えたり、どっちが上で下なのか一瞬分からなくなったりして。
 それからいつもは見上げるだけの背高ノッポの楠を見下ろして、がっしり伸びている枝の隙間を、羽をぶつけないように覗いてみた。
 その次に、割れた看板の隙間、雨どい、屋外駐車場の車の上、ビルとビルの間、うち捨てられたゴミの中、土手、猫たちが丸くなっているところ、人の家の犬小屋、隣町まで。
 考え付くだけすべて、あったかそうで狭い隙間を覗き込んだ。
 でも、どこにもムラサキさんの姿はなかった。
 あのビジュアル系バンドマンみたいな姿も、ニョロリとした紫色のヘビ姿も。
 頬に当たる風が、冷たさを増してきている。
 太陽が、西へ西へと進んでいく。
「ムラサキ、どこに行ったんだろ」
 蒔田の声を聞いて、唐突に、僕の頭にあることが浮かんだ。
 でもそれを蒔田に聞くのはちょっと気が引けるというのか、何というのか……。
「あの、蒔田、聞きにくいことなんだけど」
「なに? なになになに? ムラサキのいそうなところ?」
「そうじゃなくって…」
 僕はゴクンとつばを飲み込んだ。蒔田とは極力目を合わせないように俯く。
 それから、別に小声にしたからってどうしようもないのだけれども、僕は声を落として聞いてみた。
「ムラサキさんって………、恋人いるの?」
「え?」
「だから、その、もしかしたら、恋人の家に行って……」
 見た目は大人だもの。恋人がいたっておかしくないよね? 恋人がいたら、たまには羽を伸ばすこともあり得るよね? 1週間は長すぎるとは思うけど。
「ん〜〜〜」
 蒔田は首を傾げて唸った後で、「いるかもなー」と言った。
「え? ほんとに?」
 僕は自分で聞いておいてビックリしてしまった。
 隣で蒔田が笑う。
「ムラサキってさ、竜族だからさ、人間の特に女の人には魅力的に映るんじゃないかな。昔から、竜族と人間の女の人の恋物語ってたくさんあって、有名なものはたいてい悲恋だったりするけど、その悲恋の原因を作るのはほとんど人間の側。……ヘビだとか迫害されて、駄目になっちゃう」
「……うん」
 いくつか、僕の頭の中にも昔話が浮かんだ。それに重なるように、ニタリと笑うムラサキさんの顔も……。
「ただ単に、竜族は人間が好きなだけなのにさ…」
 蒔田が浮かない顔をして首を振った。心なしか、四方八方に元気よく飛び跳ねていた髪も、シナッとしおれているように見える。
「けどさ、たとえムラサキに恋人がいたとしても、ヲレたちを放っておいて遊ぶとは考えられないよ」
「そうだよね、ムラサキさんに限ってね」
「ハァ…。まったくムラサキのやつ、どこに行ったんだろ。こんなに探しているのに見つからないなんて」
 蒔田のため息につられるように、僕も小さくため息を吐いた。
 空の上でつくため息は、しっかり地面に足をつけていないせいなのか、やたらと僕の不安を煽ってくる。
 不安定で、落ち着かない。
 悪いことばかり頭を巡る。
 背中の赤い翼は、そんな不安を追い払うように、バサリバサリと快調に動いている。風に乗って、いつの間にかミドリ町に戻ってきてしまっていた。町の名前の由来にもなったほどの緑豊かな町並み。
「もう1回、この近所をグルリと飛んでみようよ」
 僕がそう言った直後だった。
 急激に腕が重くなった。
 重くなったというより、下方向に引っ張られた。
「うわーっ!」
 蒔田が僕の腕を両手で掴んでくる。
「わあッわあああーッ」
 僕も声を上げて、蒔田の手を両手で掴んだ。
 急に。
 ほんとうに突然。
 ――――蒔田の赤い翼が消えてしまったんだ!
「どこか降りられそうなところ、探して」
 まるで空中ブランコをしているような格好で、僕は蒔田をぶら下げてフラフラと飛んだ。手を離したら最後だ、まっ逆さまに落ちてしまう。
 僕は目に付いた空き地へと向かい、ゆっくりゆっくり降り立った。地面に足がついた途端、蒔田がフーッと言ってしゃがみ込む。
「あぶないところだった〜!」
「ほんとに!」
 僕もヘナヘナとお尻を地面につけた。
 どうやらこの空き地は猫の日向ぼっこスペースみたいで、ブチや三毛やトラ模様の猫たちが、僕たちを遠巻きに眺めてくる。
 それはもうジロジロと無遠慮なくらいに。
 魔女のペンダントをしている蒔田と、僕はまだ手をつなぎ合っている。だから僕たちの姿は見えないはず。でももしかしてそれは、人間には……ということなのかな。
 猫たちには僕と蒔田が見えているのかもしれない。特に僕に対して視線を注いでくるのは、背中の赤い翼が見えているせいなのかもしれない。
 丸い目。
 猫たちの金に近い瞳の色に、僕はムラサキさんを思ってため息をついていた。
 あのニタリ笑いを、今すぐどうしても見たい。
 ヒンヤリ冷たい手で、ぽんぽんと背中を叩いてもらいたい。
「蒔田、もう空から探すのは無理かな?」
「ん〜」
「蒔田の翼は消えちゃったし、僕の翼ももうすぐ消えちゃうかな」
「いや、あと2時間は平気だと思う」
「え?」
 僕が驚いて蒔田を見ると、蒔田はちょっと恥ずかしそうに舌を出した。
「実はヲレ、小日向をビックリさせようと思って、朝7時から翼生やしてスタンバイしてたんだ」
「7時―――!?」
 僕が蒔田の家に行ったのは、たしか9時すぎ。
 そうだとすると、確かに2時間の猶予はあるのかもしれない。
「蒔田って、遠足の前の日は眠れないタイプ?」
「ん〜? 眠れないというよりは、目覚まし時計より早く目が覚めちゃって、真っ先に窓に張り付いて天気を確認、しかもまだ日が昇ってなくて窓の外は真っ暗なのに雨の音が聞こえないか耳をすましちゃう…タイプ」
「ずいぶん具体的に言うね」
 僕と蒔田はほんのしばらく笑ったけれど、その笑い声もホットココアに入れたマシュマロみたいにすぐに溶けてしまった。
 僕は空を見上げ、それから蒔田に向けて言った。
「あと2時間あるのなら、僕だけでも空から探してみたいんだけど」
「空の上でひとりになるよ?」
「うん、でも……」
「小日向、協力してくれるのは嬉しいけど、さっきみたいに急に翼が消えてしまうかもしれないと思ったら、ヲレは、その意見には反対」
「でも…」
「ね、小日向、ムラサキのことを心配してくれるのは嬉しいよ。今日も一緒にムラサキを探してくれて感謝してる。でも、ヲレは、ムラサキを心配するのと小日向を心配するの、両方同時にはしたくないよ。小日向に何かあった場合、ヲレ、どうしたらいいのさ」
「蒔田……」
 そのとき、僕は初めて気付いた。
 僕をビックリさせようとして朝7時から翼を生やして待っていたと蒔田は言うけど、それにはもうひとつ、ちゃんと自分で効果のほどを確認してから、僕にべにほほあかっきの卵を渡すためだったんじゃないのかと思った。
 蒔田はそんなこと言わないけど。
 きっとそうなんだ。
 想像以上に大人な蒔田に、僕は何と言うのか、別に蒔田が悪いわけでも僕が悪いわけでも何でもないのに、ショボンとしてしまった。
 その時のこと。

 
 
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