2. 伯父さんの家を後にして、また川沿いの道を歩いていると、今度は桜の木の下にムラサキさんが立っていた。 「あれ、ムラサキさん。こんなところまで散歩?」 僕が近付いていくと、ムラサキさんは相変わらずの派手な格好……今日の装いは襟元にふわふわのファーが付いていて至る所に色んな色のビーズが縫いつけてある黒いコートに、濃い紫色のズボン……で、ニタリと笑って首を横に振った。 どうやら散歩ではないみたい。 いつも思うんだけど、ムラサキさんってどこで服を買っているんだろう。ミドリ町にはそんな派手な服を売っている店はないような気がするんだけど。 と言うか、これは服なのかな。 もしかして脱皮する蛇みたいに、これも自分の皮で出来ていたりするのかな。もしそうだとしたら、どこまでが"身"なのかな……? 僕がそんなことを考えていると、ムラサキさんが首を右に傾けた。ビカビカ光る金色の瞳でジッと僕を覗き込んでくる。 「な、なんでもないよ」 まさか考えを読まれるなんてことはないと思うんだけど、僕は慌ててその考えを頭から追い出した。 もし読まれていたら恥ずかしいもの。 ファーのふわふわの先っぽまでが、身なのかどうか考えてるなんて! それからふと思いついて聞いてみた。 「もしかして、紅絽子ちゃんを探しているの?」 ちょうどさっき、今ムラサキさんの立っているところに、紅絽子ちゃんが座っていたのを思い出した。 僕の質問に、ムラサキさんは何度も頷いて、とても必死な様子だった。 そのとき。 「おーい、ムラサキ。小日向」 蒔田が道を走ってやって来た。白のダボッとしたセーターに黒いズボン、それに頭には白い毛糸の帽子をかぶっていて、一瞬、パンダかと思うような格好だった。吐き出される息も真っ白だ。 「小日向、ちょうどよかった。紅絽子のこと、見なかった?」 「うん、それが……」 僕は伯父さんの家に行く前に、ここで紅絽子ちゃんに会ったことを話した。 蒔田は少し唇を尖らせて、胸の前で腕を組んで僕の話を聞いていたけれど、僕が話し終わると少しムスッとした声で「それって何時くらい?」と聞いてきた。 「1時間くらい前だと思う」 僕が答えると、蒔田はチラリと腕時計に視線を落した。1時間かぁと、小さな声で言っている。 「あの、ケンカでもしたの?」 何だか、蒔田が全身から"怒ってるぞオーラ"を立ち上らせているように感じた。 僕の声に蒔田は胸の前で組んでいた腕を解き、その腕の先をズボンのポケットに押し込んだ。それからまだ少し尖っている唇を動かす。 「ねえ、小日向。きみさ、お姉さんいたよね?」 「え、うん。いるけど」 「ケンカとかする?」 「しょっちゅうね。ケンカと言うより、一方的にプロレス技をかけられるって言うか、変なことを押し付けられるって言うか」 それがどうかしたの? やっぱり紅絽子ちゃんとケンカしたの? 僕の視線の中にそんなものが含まれていることに気付いたのか、蒔田はフイとそっぽを向いた。そのまま、しばらく何も言わないでいる。 ムラサキさんは僕には分からない何かを察知したのか、蒔田の傍に寄っていった。首を傾けて蒔田の顔を覗き込む。 だけど、すぐに蒔田の手が、ムラサキさんの顔をグイと遠ざけた。 そんなこと、今まで一度も見たことがなかった。蒔田がムラサキさんを拒むなんて。 「それで小日向は……」 しばらくたってから、ようやく蒔田がモゴモゴと口を動かした。まるでとても大きくていびつな形のキャンディーを頬張っているように、とても喋りにくそうに。 「お姉さんとケンカして、お姉さんのこと、嫌いになったりする?」 「まさか!」 僕は力を込めて否定した。 そりゃ確かに、プロレス技をかけられたらイヤだと思うし、変なことを押し付けられたらムッとするけど、嫌いになるというのとは、ちょっと違うように思う。うまくは説明できないけど。 僕の反応に少しは落ち着きを取り戻したのか、蒔田はふうっと息を吐いた。真っ白い羽毛のかたまりのような息が、鼻先でほどけて消えていった。 「じゃあ、ヲレ、ちょっと急いでいるから」 そう言って駆け出した蒔田に、僕は急いで声をかけた。 「僕も捜してみるよ、紅絽子ちゃんのこと」 蒔田はちょっとだけ振り向いて、「いいよいいよ、だいじょうぶ」と大きな声で返してきた。
駆けていった蒔田をムラサキさんと見送って、その後でムラサキさんを見上げると、何だか少しシュンとしているように見えた。さっき蒔田に顔を押されたことに傷付いているのかなと思うと、ニタリと笑ってくる。 何の心配もいらないよ、という顔だった。 それからムラサキさんは、その辺の草をパキパキと踏み潰しながら川べりを歩いていく。ムラサキさんの背中を見送りながら、僕は冷たくなった手に息を当てて暖めた。 いくら蒔田に「いいよいいよ、だいじょうぶ」と言われても、やっぱり紅絽子ちゃんのことが心配だった。 なんと言っても、今日は今年一番の冷え込みになるでしょうって天気予報のお姉さんが言っていた。午後からは雪が降るかもしれない、とも。 やっぱりジッとしてなんかいられない。僕も紅絽子ちゃんを捜すことにした。 そうは言っても、僕に紅絽子ちゃんの行きそうな場所が分かるわけもない。ただ蒔田とケンカして出て行ったのなら、蒔田の捜しそうな場所は避けると思った。 それに紅絽子ちゃんは魔女を目指すくらいの普通とはちょっと違った女の子だから、捜そうと思って見つけるのはとても難しいと思った。 そこで僕がとった作戦は…… 何てことない。 待つ、ということ。 寒さにいつもの活気さえ追い払われたミドリ町中央公園、その公園のすみっこのベンチで、僕は絵を描きながら独り言を呟いた。ただの独り言じゃないんだよ。それは、僕の作った絵本の物語。 〜〜〜 とてもとても遠い昔のある国のお話です。 ひとりの女の子がいました。巻き毛のかわいい女の子です。女の子の名前はカーラ。カーラはまるで世界中の宝石をすべて集めたような、美しい瞳を持っていました。村中の人が、カーラのその美しい瞳で見つめられると幸せな気分になりました。 カーラにはお兄さんがいて、ふたりはとても仲良しでした。 だけどある日のこと。ふたりは些細なことからケンカをしてしまったのです。 するとどうしたことでしょう。カーラの瞳から輝きが消えてしまいました。あれほど宝石のように輝いていたカーラの瞳には、今や一筋の光もなく、ぽろりぽろりと涙があふれるばかりです。 カーラのお兄さんはケンカしたことを後悔していました。 けれど、どうしても謝ることができません。 〜〜〜 小石を蹴飛ばしている男の子の絵を描いているとき、ふと、スケッチブックの真っ白な紙の上に影が落ちた。 顔を上げてみると、そこには紅絽子ちゃんが立っていた。 「カーラのお兄ちゃんは後悔しているのに、どうしても謝ることができないんだよ。どうしてだと思う?」 僕は独り言のように言った。紅絽子ちゃんは無言のまま立っている。 「僕ね、思うんだけど、それは"お兄ちゃん"にしか分からないものなんだと思う。僕には姉ちゃんがいてね、僕は姉ちゃんによく謝るんだけど、姉ちゃんはめったに僕に謝ってこないんだ。ずるいよね、ずるいけど、めったに謝れないのも、それはそれで後悔してモヤモヤしちゃうんじゃないのかなって思うんだ」 小石を蹴飛ばしている男の子の頭の上に、どうしてケンカなんてしちゃったんだろう、と文字を入れたところで、僕は鉛筆を置いた。 紅絽子ちゃんは無言だ。 でも前に会った時には、僕からサッと隠した"黄色の蛇状"のものを、今度は隠さなかった。 「その子、なんていう名前なの?」 僕が聞くと、紅絽子ちゃんはこしょこしょこしょっと小さな声で答えた。魔法の呪文を唱える時と同じくらい、小さくてかわいらしい声だ。 「へえ、ナキキイロカガチって言うんだ」 黄色の蛇に見えたものは、よく見るとトカゲのように足がついていた。紅絽子ちゃんの腕の中で、もぞりもぞりと四つの指のついた足を動かしている。少し寒そうにも見えた。 「その子のことで蒔田とケンカしたの?」 コクンと紅絽子ちゃんの首が前に折れた。 「蒔田はその子のことが好きじゃないの?」 少し間があった。しばらく考えてから、紅絽子ちゃんは首を横に振った。 どういう意味なのか、僕もしばらく考えた。 蒔田が怒る、ということが、僕にはまず想像のできないことだった。小学校6年生の時、同じクラスで1年を過ごしたのに、蒔田がプンスカ怒っているところを僕は見たことがない。いつもアッハッハと笑っていて、いつもだいたい陽気だった。 その蒔田が、黄色いトカゲが嫌いというわけでもないのに、紅絽子ちゃんとケンカするのなら、やっぱり何かワケがありそうだと思った。 「そのナキキイロカガチって、どんな、その、イキモノなの?」 僕の質問に、紅絽子ちゃんは唇をキュウッと引き結んだ。何か言いたくないことがあるみたいだった。黄色のトカゲを抱きしめて、マフラーに口元まで埋めて、僕の前にじっと立っている。 これじゃあ、なんだか僕がいじめてるみたいに見えるよ。 「えーと、あの、その……」 何とかして、蒔田とケンカした経緯を聞き出せないかなぁと思っていた時だった。 |
| インデックス | 小説置き場 | 妖精使いと過ごす日々の目次 |