★+-++-++ 2月14日の魔法 ++-++-+★
   
 
 
 空はカキンカキンに凍っている。いつもの2月だったら。
 でも今年の2月はそれほどでもなくって、どこかシャーベット状の雲を浮かべてのんびりしているみたい。風だけはいつものように気ままに駆けている、そんなある日のこと。
 テストを2日後に控えたその日は、何だか毎年僕たちをドキドキさせるお祭りの日だった。
 学校の門をくぐってすぐに、おはよーと声をかけられた。声をかけてきたのは同じクラスの女の子。いつも通りの挨拶だったのに、今日は僕の身体のどこかで、ドンドンドンドン、と大きな和太鼓が鳴っている。
「お、おはよ」
 少しぎこちなくなったけど、挨拶を返す。でもその時にはその子は別の友達を見つけてそっちに走っていった後だった。
 そんな僕の様子を見つけたのか、クラスではわりと仲の良い梅崎くんが近付いてきて、僕のことを三角の形にした腕で突付いてくる。
「お、今ちょっと期待したろ?」
「してないよ」
「うそばっか、したろ?」
「し、してないったら」
 僕は必死で抵抗したけれど、梅崎くんはまったく信じてくれなくて、教室につくまでずっとニヤニヤして三角腕でツンツン続けていた。
 そんな梅崎君に、教室に入った途端に声が飛んできた。
「うめ、これあげるわ」
 それはクラスでもボス的な印象のある豊橋さんの声だった。梅崎くんは僕をツンツンしていた三角腕を解き、急に真面目になった顔で豊橋さんを見た。
「トヨ、おまえ案外いい奴だなー」
「ばっかじゃない。義理よ、義理」
 豊橋さんは持っていた小さな袋を梅崎くんに投げて、僕にもひとつ出してきた。小さな花の描かれた小さな銀色の袋。
「はい、小日向にも」
「あ、ありがとう」
 僕はこれの中身を知っている。梅崎くんは小学校が違うから分からないだろうけど、僕は豊橋さんと同じ小学校だったから知っている。
 中身はお徳用チョコの詰め合わせ。
 あのリボンみたいにビニールに包まれている、あれ。
 分かりやすい義理チョコ。
 豊橋さんは毎年、クラスのあんまり貰えそうもない男子に義理チョコをくれる。気配りなのか、同情なのか。微妙だけれど、これでゼロを免れる僕たちは、豊橋さんにだけは強いことが言えない。だいたい、クラスでチョコを貰えそうもない男子といったら、半分以上になるんだから。
 隣の梅崎くんは何だかとてもガッカリしていたようだけれど、仕方ないよね。最初に豊橋さんに義理チョコを貰った時の自分を見ているようで、まぁ人生そんなもんだよなんて、大人みたいなことを僕は胸の中でこっそり呟いた。
 そんなわけで毎年恒例の義理チョコを貰って、それでおしまいになるはずだった。
 だけど、豊橋さんはバッグからもうひとつ取り出した。
 そして言ったんだ。
「ねえ、小日向。これを蒔田に渡しておいてよ」
 僕も隣の梅崎くんも、ハッとしてそれを見た。
 豊橋さんの出してきたもの。
 それは僕たちにくれた小さな袋のものじゃなくって、畳んだハンカチくらいの大きさの四角い箱だった。それも赤い薔薇の描かれた紙に、不思議なポンポン花みたいな形をしたリボンまで付いている。
「おう、小日向。蒔田って誰だよ?」
 隣の梅崎くんがやけに迫力のある声を出してきた。
 僕は蒔田が小学校の頃の同級生であることを告げたけれど、女の子に人気があったことは隠した。何でだか。言わない方がいいような気がした。


☆★☆


 放課後の学校はとても静かだった。今がテスト週間で、この期間中のクラブ活動がぜんぶ禁止されているせい。
 僕はカバンに教科書をいっぱい詰めて歩いた。資料集も家に持って帰らないと、テスト勉強ができないから。辞書も入ってる。そんなギュウギュウ満員電車みたいなカバンの中に、もらった義理チョコと、預かったチョコがある。
 預かったチョコ。
 豊橋さんは蒔田のことが好きなのかな。
 そんなことを考えると、わけもなく胸がドキドキする。別に僕が豊橋さんに対して特別な感情を持っているわけでもないのに。
 今日はバレンタインデー。
 女子が好きな男子にチョコを渡す日、なんだって。
 昨日の夜、うちのあの姉ちゃんでさえチョコレートを作っていた。姉ちゃんとバレンタインデー。なんだかちっとも似合わない、とキッチンを覗いて笑った僕に、ギロリと包丁より鋭い視線を投げてきて、姉ちゃんは言ったっけ。
『ふん、女を敵に回すとひどいわよ。一生本命チョコが貰えないよう、あんたにチョコの呪いをかけてやるんだから』
 そんな呪い、今の僕には恐ろしいんだかそうでもないんだかいまいちピンとこないけど、姉ちゃんの鋭い瞳の方が怖くて早々に退散した。
 姉ちゃんが誰に渡すのか知らないけれど、もしそれが義理という名前のついていないものだったら、ちょっとその相手に同情しちゃうね。
 でも姉ちゃんがチョコをあげようとして誰かに断られるのは、もっと同情するというか、イヤなような気もするけど……。うん、なんか複雑。複雑だよ。
 つまりさ、血のつながった家族が誰かに袖にされる(この表現、この間テレビで言ってて覚えたんだよ、何だかかっこよくない?)のって、やっぱりイヤなんだよね。どれだけ、いつもケンカをしている仲でも。
 学校を出て、丸坊主にされてしまった街路樹の下を歩く。
 今年はまだ今のところ、まともな雪が降っていない。ハネトビハクエは北の方で飛び回っているみたいで、まだ僕たちの住むミドリ町にはやって来ていなかった。
 今もいつもの2月だったら首を縮めて背中を丸めて、駄目でしょと言われても、両手をポケットに突っ込んで歩くのだけれど、今はそれほど寒くない。なんだか不思議な感じがする。
 不思議な感じがするのは、いつもと違う帰り道を通っているせいもある。
 帰りに蒔田の家に寄ってチョコを渡さなきゃならないから、僕は学校からミドリ町の大きな通りに進まないで、学校の裏手の、マッシロシロンの出た雑木林の道を歩いていた。
 そう言えば、豊橋さんは小学校を卒業してから僕と蒔田がよく会っているって、どうして知っていたんだろう。
 小学校の頃は、僕と蒔田ってそれほど接点がなかったし、今の学校で蒔田の話をすることもほとんどないのに。
 あ、あのね。僕が蒔田の話をみんなの前でしないのは、ついうっかりして、蒔田の秘密をペロリと洩らしちゃったらいけないと思っているから。蒔田が妖精使いだってこと。
 僕は自分ではそんなにお喋りのつもりじゃないけど、秘密が秘密だから、大事を取って一切を知らないふりで通している。
 それなのに、どうしてなのかな。
 もしかしたら、僕と蒔田が一緒にいるところを見かけたりしたのかな。


☆★☆


 ミドリ町にあるいつものレンガの家では、同じくテスト週間だと思っていた蒔田が、もうとっくにテストは終っていて、テスト週間じゃないせいかまだ学校から帰っていなかった。蒔田と僕は学校が違うんだ。蒔田の学校ってテストはやいんだね、知らなかった。
 僕を迎えてくれたのは、ムラサキさん。
 今日も相変わらず派手な格好だった。あえてここでは詳しく言わないけれど、目がチカチカしてしまうような色合いの服。
 それでもって、どうしてだか分からないけど、ムラサキさんは一言も喋らないのに、蒔田がまだ学校から帰っていないということも、テストがもう終っているということも、僕には分かった。言葉では伝えられていないのに。
 よく考えると不思議だよね。
 ムラサキさんはいつものビジュアル系の顔で、ニタリ笑いで、僕に上がっていくように身振りで伝えてくる。けれど、僕は蒔田と違ってまだテスト週間で、二日後にテストを控えているんだ。しかも初日が僕の苦手な数学だった。
「ごめん、えっと、あの、今日はちょっと渡すものがあって来ただけだから」
 僕は豊橋さんから預かったチョコを、ムラサキさんに差し出した。キョトンとしているムラサキさんに、蒔田に渡してくれるように頼んだ。
 そこでちらっと考えた。
 ムラサキさんは女の子からチョコを貰ったことがあるのかな。もちろん義理って付かない方のことだよ。たぶん、あるよね。ない方が変だ。
 僕は毎年、義理チョコをくれる豊橋さんにホワイトデーにお返しをする。でもそれは実を言うと、母さんにお願いして買ってきてもらったお菓子を、そのまま豊橋さんに渡しているだけだったりする。
 もう中学生になったことだし、やっぱり自分で買った方がいいよね。でも何を買えばいいのかな。
 そういうことを、ムラサキさんに聞いてみたい気がした。ムラサキさんなら、何となく女の子の好きそうなものを知ってそうだから。
 でもそういうことって、うちの姉ちゃんの言葉を借りて言うなら、色気づきやがってコノヤローなことだと思うから、聞きづらいよね。聞いてもいいのかもしれないんだけど。でも何だかさ、正直に言っちゃえば恥ずかしいんだと思う。そんなことを聞くのが。
 だって人によく思われたい自分を見せるのって、やっぱり恥ずかしいよ。たとえ義理チョコのお礼であっても。
 そういうことを玄関先で考え込んでモジモジしている僕を、ムラサキさんは不思議そうに見ていた。
「あ、ううん、その、なんでもない」
 時々ムラサキさんは僕の頭の中を覗いているんじゃないかってくらい鋭いから、僕はしどろもどろになりながらなんでもない風を装った。
 だけどあんまりにも僕がモジモジしていたせいか、ムラサキさんはニュッと顔を近付けてきて、至近距離でニタリと笑った。
 ムラサキさんの金色にピカピカ光る瞳の虹彩は、僕の心臓にはとっても悪いけれど、僕の心には安堵を与えてくれる。
「それじゃ、あの、それ、蒔田に渡してね」
 僕はそう言ってレンガの家を後にした。
 
 
 
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後半も楽しんでいただけると幸いです。

(2007.02.13)
 

 

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