★+-++-++ 2月14日の魔法 ++-++-+★
   
 
 
 不思議なこともあるものだ――って、僕は家に帰ってから思った。
 何が不思議って、蒔田の家に行ったのに、ちっとも不思議なことが起きなかったんだよ。 なんのハプニングもなしに自分の家に戻ってきちゃったんだよ。
 そんなことって今までなかった。
 もちろん小心者の僕は怖い目にあうのはやっぱりイヤだし、妖精にいたずらをされるのも困るんだけれど、でも何だか気が抜けるというのか、ちょっぴりガッカリしちゃうよね。
 そんな僕の気持ちをどこかで聞いていたわけじゃないのだろうけど、いきなり玄関からものすごく大きな声が聞こえてきた。
「こんばんはー、緋那央(ひなお)くん、いますかー?」
 蒔田の声だ。
 そう思った時には母さんが出ていて、まぁまぁまぁいらっしゃい、緋那央は部屋にいるから上がってね、なんて言っていた。うちの母さんはある意味で蒔田のファンで、蒔田はうちに滅多に来ないんだけど、いつも連れておいで連れておいでってうるさいんだ。
 きっと今もキッチンで、いそいそお茶の準備をしていると思う。
 それはそれでともかくとして、蒔田は何の遠慮もないみたいな風に、ノックもなしに僕の部屋に入ってきた。
 そしていきなり僕のところまで飛んできた。
「小日向」
「え?」
「ありがとう」
「え?」
 戸惑っている僕の前で、蒔田はさっき、僕が豊橋さんから預かってきてムラサキさんに預けた、あのチョコの箱らしきものを持っていた。
「ああ、うん」
「ほんと、ありがとう。ヲレ、すっごく嬉しいよ!」
 蒔田があまりにも喜んでいるから、僕は蒔田も豊橋さんのことが好きなのかなとか考えちゃって、ドキドキしてきた。もう中学生なんだからそういうこともありなのかな、あるのかな。
 でも蒔田はまったく僕の考えていることとは違うことを言い出した。
「まさか小日向がヲレにこれを」
「えっ!?」
 僕はびっくりして大きな声を出してしまった。ちょうどそのとき、母さんがうちでは普段は滅多に出てこないのに、何故か蒔田が来ると出てくる余所行きのオレンジペコとかいう紅茶の入ったポットを持って入ってきた。
 だからしばらくその話は途切れて、ボウッとしている僕をはぶいて母さんと蒔田が話し始めた。と言っても、ほとんど母さんが一方的に蒔田に話しかけている。
 僕はその間どうしようかと、頭を悩ました。
 考えてみれば、僕、ムラサキさんにあの箱を渡したとき、豊橋さんからだよってちゃんと言ったっけ?
 何だか自分の考えに没頭しちゃって、玄関先でただモジモジして、ムラサキさんにその箱を押し付けて、蒔田に渡してねって、それだけで帰らなかったっけ?
 え、蒔田、それで、それは僕からだって思っているわけ?
 え……?
 僕がどう言い表せばいいのか分からない微妙な気持ちになっている間に、母さんはようやく退散して、蒔田は僕の方にニコニコの笑顔を向けてきた。
「ほんと、ヲレ、すっごく嬉しいよ」
「いや、あの、蒔田……」
「もうね、なくしちゃったかと思って、今日もずっと探していたんだ」
「え?」
 僕が変な顔をしていることにまったく気付く様子もなく、蒔田は箱をパカリと開けた。その中には、定期券を入れるケースが入っていた。黒い革のパスケース。新品じゃなくって、いくらか使われているみたいで、所々に傷がある。
「この中にはさ、ヲレの大事なものが入ってるんだ。唯一、ヲレと親父と母さんが一緒に写ってる写真」
「えっ? 蒔田の両親?」
「ん。これだけしかなくってさー」
 そう言って、蒔田はパスケースを開いて見せてくれた。
 まだヨチヨチ歩きらしい蒔田の手を握って、とてもきれいな人が優しそうに笑っている。その隣には、蒔田によく似た男の人が、ちょっと視線をカメラじゃないところに向けて座っていた。どこか湖畔の別荘みたいなところで。
「わあ、蒔田の母さん美人だね」
「ね。ヲレもそう思う」
 蒔田はとっても誇らしそうにそう言って笑った。そのとき、僕は何だか無性に蒔田が羨ましいと思った。
 だってさ、自分の親をそんな風に素直に肯定できるのって、何だか大人みたいでかっこいいと思う。僕だって母さんのいいところを知っているし、誉めてあげたいって思うことは思うんだけど、どうしてだか、言えないんだ。
 母さんのことだけじゃなく、姉ちゃんのことだって、父さんのことだって。家族のことって、そんなに素直になれないんだ。
 それってまだ僕が、子どもっぽいからだって気がする。
 蒔田の両親の写真を眺めながらそんなことを考えていた僕は、ふと、気付かなければよかったことに気付いた。
 どっちも、紅絽子ちゃんに似ていない……。
 でも、ほら、隔世遺伝とかあるって聞くし。似ていないなんてそんなこと。何だよ、僕、何を考えているんだよ。
 この間、紅絽子ちゃんの年齢と蒔田の母さんのことで、数が合わないことに気付いた僕は、どうしてもそんな風に考えてしまう。なんてイヤなやつだ。
 とにかく、そんなイヤな考えを頭の奥に押し込むと、僕はそのパスケースを見つけたのは豊橋さんだと思うことを告げた。
「豊橋って、あの、トヨ?」
「うん。今朝ね、豊橋さんからこれを渡してほしいって預かったんだ」
「なーんだ、そうだったの」
 蒔田はとっても気軽に豊橋さんのことを”トヨ”と呼び、何か懐かしそうに顔をほころばせている。
 そして、
「それでこんなのが入っていたんだ」
 と、蒔田は箱の下にちょこんと入っていたハート型のチョコレートを出してきた。それは僕たちのもらったお徳用のチョコとはまるで違う。でも蒔田は何も気付いていないのか、懐かしそうにこう続けた。
「トヨってほんと、律儀な子だよなー」
「え、あ、う、うん」
 僕は曖昧に笑っておいた。それって義理じゃないような気がするけれど。
 頭はいいと思うのに、どうしてだか時々ピント外れで鈍感な蒔田だから、僕に預けるより自分で直接持って行った方がいいと思うって、豊橋さんにこっそり言ってみたいような気もするけど。
「でもどうして、僕と蒔田がよく会っているってこと、豊橋さんは知っていたのかな」
 僕が前々から持っていた疑問を口にしたら、蒔田はしまったという風にグルリと目を回した。
 そして唸った。
「んー。たぶん、これのせいだと思う」
 そう言って蒔田がパスケースから出してきたのは、小日向緋那央って、僕のフルネームの書かれた一枚の紙だった。
「なにこれ?」
 僕が聞くと、蒔田は紙をヒラヒラさせながら説明してくれた。
「この辺のいたずら好きの妖精にさ、小日向のことを覚えてもらって、いたずらしないように教えて回ってたんだ。これ、人間にはただの文字にしか見えないけど、紅絽子に魔法をかけてもらって、妖精の目には小日向の顔が浮かぶように細工してあるんだよ」
「へー……」
 ただの紙しか見えないものを眺めて、僕はそんな間の抜けた声を出した。
 それは思いがけずひょっこりと、紅絽子ちゃんの名前が出たせいもある。この間から、僕、紅絽子ちゃんのことで動揺することが多くなった。
 動揺している僕も変だったけど、蒔田はもっと変だった。
「じゃ、ヲレ、帰るから。勉強、頑張ってな」
 そんなことを回れ右しながら言って、母さんの出してくれた紅茶にも手をつけないで、さっさと部屋を出ていっちゃった。帰る前に玄関で、お邪魔しましたー、なんて言って急いでバタンと出ていっちゃった。
「どうしたんだろ、急に……?」
 僕は蒔田が慌てて出て行った部屋のドアを見て、しばらくポカンとしていた。
 そんな僕の目の前を、ふわり、ふわり、シャボン玉が飛んでいた。本当だよ。どこからやってきたのか、まぁるくて、きらきら七色に光る、あのシャボン玉が飛んでいた。
 驚いている僕の前で、それはパチンと弾けて消えた。
 シャボン玉は消えた。
 けれど、そのシャボン玉の中からストンと、何かが落ちてきた。
「………?」
 恐る恐る僕が近付くと、それは七色に光る箱で、最近またブームになっているルービックキューブくらいの大きさのものだった。
 何だろうと思っている僕の目の前でそれは、本物のルービックキューブのようにくるりくるりと回転し始めた。
 そして、何回かの回転の後で、まるで花が花びらを開いていくように、ゆっくり静かに開いていった。
 中には、チロルチョコがひとつ、入っていた。
 その瞬間、僕は急に太陽の下に引っ張り出されたみたいに体中がポッポとしてきて、顔なんて茹でたタコみたいに真っ赤になった。
 僕は蒔田の出ていったドアにクッションを投げた。ポスンと、気の抜けた音をさせて、クッションは床に落ちてちょっとだけ転がった。
「蒔田ってば!」
 チロルチョコの上には、小さなシールがくっついていた。見たことのある丸い文字で、どういう意味なのか分からないマークが書かれていた。
 もう分かった?
 つまり疑問点を挙げるとさ。
 豊橋さんは拾ったパスケースを覗いてみるかな。もし写真くらいは見たとしても、その奥に入っている、僕の名前の書かれた紙まで見るかな。
 それに、ただパスケースの中に僕の名前が書いてある紙を見つけたからって、僕と蒔田が仲良しだってどうして分かるの。
 本当に豊橋さんはパスケースを拾ったのかな。
 豊橋さんがパスケースを拾ったのだとしても、僕の名前の書いてある紙は、その時本当に入っていたのかな。
 まず何より、あの箱には本当にパスケースが入っていたのかな。あのチョコだけ入っていたんじゃないのかな。それともチョコは別のもので、本当にパスケースだけ入っていたのかな。
 どこまでが仕組まれたことなのか、僕は考えようと思ったけど、やめた。
 七色に光る箱に入っているチロルチョコを見て、僕はもう一度顔を赤くした。蒔田がうちに来たのは、あの紙を見せるためじゃないかと思う。あの紙、僕の名前の書いてある紙。
 それは確かに普通の紙に見えたけれど、だけど、確かに仕掛けがしてあったんじゃないかと思う。魔法の仕掛けが。
 そして。
 こんな仕掛けが出来る人を、僕はひとりしか知らない。
 僕は真っ赤な顔のまま、チロルチョコを宝物みたいに見詰めた。ドンドンドンと、体中で和太鼓みたいな心臓の音を聞きながら。

 
 
 

 

バレンタイン企画、いかがでしたか?
プレゼントは金額じゃないですね。
あんな素敵な魔法と一緒なら、
チロルチョコだって宝物に見えちゃいそう。
でも小日向には効きすぎちゃったかな?

(2007.02.13)
 

 

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