★+-++-++ 3月14日の花冠 ++-++-+★
   
 
 
 とにかくここまでで分かったことは、作戦がまったく別の方向に向いてしまったらしい、ということ。
 僕は最初、ムラサキさんを追跡して、ムラサキさんの用意するプレゼントを参考に自分のプレゼントを考えようと思った。だけど、一段飛ばしでプレゼントするものが見つかったんだ。
 3月の花冠。
 でもそれはいったい何なのだろう。
 僕は小鳥さんにもらった本を開いた。場所は中学校の裏手に広がる森。その手前に藤棚があるんだ。前に紫色のんじゃにかのいたところ。
 家だと姉ちゃんにいつプロレス技をかけられるか分からなくて落ち着いて本を読めないし、他の場所は誰かとバッタリ出会いそうでやっぱり落ち着かないし。
 とにかく僕はひとりでじっくり読みたかった。
 そんなわけで、臨時休校でひっそりとしている学校なら、誰にも出会わず、静かに落ち着いて本が読めるんじゃないかと思って来たんだ。その目論見は正しかった。
 僕は藤棚の下のベンチに腰掛けて本を開いた。
 その本はとても古いものなのか、ページの周りはまるでフレームがついたように茶色く変色していて、紙もやけに乾いているように感じた。表紙は若草色で中心に花の集まったリースのような模様が描かれていて、その上に何か文字が印刷してあった。
 けれどとても残念なことに、ちょうど文字の印刷してあるその部分がこすれてしまったのか、なんて書いてあるのか読むことはできなかった。
 僕は本の目次のところを開き、花冠について書かれてあるページへと飛んだ。本はとても分厚いから、最初から読んでいたら夜になっちゃうと思ったんだ。
 それで……
 ザッと目を通して分かったことは、この本はただの本じゃなくて、書いてある内容は蒔田や紅絽子ちゃんに近いところのことだった。
 つまり妖精や精霊や魔法や呪いについて書いてあったんだ。
 僕はしばらく本から顔を上げることが出来なくて、自然と大きな音でドクンドクンと鳴り出した心臓の音を聞いていた。
 もし、花冠を作ることができたら。
 たぶん、喜んでもらえる。
 何故ならそれは、魔女にとって、とてもとても意味のある冠なんだとこの本に書いてあるから。
 僕はさっそく花冠を作る準備に取りかかった。
 準備と言ってもそれはそんなに難しいことじゃなかった。
 まず必要なのが、なるべく丸くてなるべく白くて、なるべく大きさのそろった石ころが12個。それから沈丁花の花1房。茶色の猫の毛少々と、クモの巣を糸巻みたいに小枝に巻きつけたもの。よく光る銀色のスプーン。そのほかに色々。
 それから、場所は人気のない森の中がいい。だから僕は学校の裏の森に向かった。紫色のんじゃにかがいたくらいだから、ほとんど人が来ないんだと思う。
 そしてまず小石は4個を東西南北に正しくおいて、グルリと輪になるように他の部分に石を置いていく。その中心には沈丁花の花。その隣に猫の毛とクモの巣を置いて……。
 あとはひたすら待つ。
 春の精が現れて、この石ころの輪の中で踊り出すのを。
 僕はそれを、とってもとっても見たいと思ったのだけど、この本の書いてあることには『人間が傍にいると成功率が著しく低下』してしまうらしいんだ。
 だから僕は仕方なくその場を離れて、ぶらりぶらりと中学校の方へと歩いていった。
 僕の通うM中学校はいわゆる普通の公立中学で、蒔田の通うS私立と違って、取り立てて名門ということもなく進学校ということもなく、いたって普通の中学校。校風としてはだいたいにおいてのほほんとしている。でも蒔田が言うには、S私立も案外のほほんとしているらしい。
 僕は蒔田がどんな学校生活を送っているのか知らないけど、この間聞いたところによると、授業中は目を開けて寝てる、なんて言ってた。それって本当かな。
 そんなことできっこないよと思ったけど、蒔田ならもしかすると出来るかもしれない、なんて。もしかして小学校の頃からそうだったりするのかな、とか思ったりしてさ。
 不思議な偶然から蒔田と、小学校を卒業してから付き合うようになったけど、僕は蒔田や蒔田に関係していることで知らないことが多い。多すぎる。
 第一、妖精使いがどんなことをする存在なのかも知らないんだから。
 なんだかずいぶん蒔田とは親しい間柄になったような気分でいたけど、実はそうじゃないような気がしてきて、まだまだ教えてもらっていないことの方が多いんだってことに気付いて、僕は近くにあった石ころをコツンと蹴った。
 あんまり強くじゃなく。ほんと、ちょこんと靴先でつつく程度に。
 だけどその石はまるで僕から逃げるようにコロコロと転がっていき、学校の体育館の近くまで届いてしまった。その石の転がる様子を見ていた僕の目も、自然と体育館まで移動していき……
 そこで釘付けになった。
 体育館の前にムラサキさんが立っていた。それも猫が毛を逆立てているように、あのビジュアル系バンドマンみたいな色の髪の毛を逆立てて。ムラサキさんの全身からはゆらゆらと、何か半透明なのに色の付いたものが立ち昇っている。
 いったい何をしているんだろうと思った。
「ムラサキさん?」
 僕の声に、ムラサキさんはハッとしたようだった。急に冷たい水をかけられた人のように一瞬動作が止まり、それから慌ててしゃがみ込んだ。
 なに――と思った時には、ムラサキさんの頭上を鯉のぼりみたいな巨大な魚が飛び越えていく。
 しかもその鯉のぼりみたいなやつは、僕の方に向かっているように思える。思える、じゃなくて、向かってきた!
 逃げよう……と頭では思った。でも足は、まるでそこに塗り固められてしまったみたいに動かなかった。
 鯉のぼりみたいな巨大魚は近付いてくる。どんどん、どんどん、僕へと、近付いてくる。ウロコらしきものが、春の優しい太陽の光にあたってピカリと光った。きれい――だなんて僕は頭の片隅で、そんなのほほんとしたことを思った。
 そして巨大魚の口が僕の目の前にきて、息を呑んだ、その呑みかけの時に。
「わっア……」
 身体が急に軽くなった。
 ムラサキさんが僕の腕を掴んで、空中で僕をクルクルッと――
 まるでアイスダンスでパートナーを投げ上げるように僕を空高く放ると、ムラサキさんはその間に巨大魚の頭の上に着地し、それから僕を受け止めた。そしてニタリ。
 それはスローモーションのように、1秒が10秒にも感じる瞬間だった。
「あ、えと、あの」
 なんか、すごく、こう、どういうわけか、よく分からないけど、僕は顔がポッとなりそうだった。僕が女の子だったら、この一瞬で恋に落ちていたと思う。
 でも僕は男の子だから、助けられたことが恥ずかしくて顔がポッとなった。なにやってんだ僕、情けない、と思った。
 ムラサキさんは僕を抱えたまま地面に着地すると、僕を下ろしてまたニタリと笑った。
 そうやってニタリと笑っているムラサキさんの背後に、また巨大魚の口が迫っていた。僕からは、ギザギザの尖った鋭い歯も見えた。鋭くて大きくて、包丁が並んでいるみたいに光っている。
 僕の表情なのか、気配なのか、巨大魚が近付いてきたことに気付いたムラサキさんはクルリと後ろを向き、片手で巨大魚のことを平手打ちするみたいな素振りをみせた。
 ほんと、素振りだけだった。
 それなのに巨大魚は、まるでエラに大砲でもぶち当たったみたいに、横様にドザァァアッと学校の裏の森まで滑っていった。
 ポカーンとしている僕の目の前から、ムラサキさんの背中が遠ざかっていって、両手で巨大魚を持ち上げたところまでは、普通にポカーンとしたまま見ていられた。
 でも目が乾いて痛くてたまらなくなって、僕は瞬きをした。
 その間に、巨大魚は消えていた。
「――えっ?」
 何度目をこすっても、巨大魚は消えていた。
 僕の方を振り返り、ニタリと笑っているムラサキさんはそこにいたけど、巨大魚の姿は跡形もなく消えていた。
 そして、ペロリと、ムラサキさんがやけに赤い舌で下唇を舐めた。
 なんだかそれが、なんと言ったらいいのか分からないけど――食べたの?
 あの一瞬で、ペロリと、あんな巨大魚を、え、ほんとに、食べたの?
 でもニタリと笑っているムラサキさんにそのことを聞けない小心者の僕は、何かこの状況を別の方向に持っていけないかと、目をウロウロさ迷わせた。
 そして見てしまったんだ。
 無残にも崩れた、石ころの輪を。
 僕は膝をガクガクさせながら、さっき自分が作った石ころの輪のところまで歩いていった。春の精が現れて踊る石ころの輪。3月の花冠を、魔女にとって意味のある冠を、あげようと思ったのに。
 肩を落とした僕のところに、ムラサキさんもやって来た。
 そして僕のやろうとしていたことに気付いたのか、ムラサキさんはとても申し訳なさそうに何度も手でその崩れた石ころを撫でた。僕の手も撫でてきた。ひんやりとしていた。とても、とても、ひんやりと。
 そうさ。
 ムラサキさんが悪いわけじゃない。悪いのは巨大魚だ。
 でも僕はあまりにショックで、何だか泣いてしまいそうなほどショックで、そこから走って逃げた。
 ムラサキさんに一言も、ありがとうと言わないうちに。


☆★☆


 夜になってから、姉ちゃんは長い間家の電話を独占していた。切れ切れに聞こえる言葉で、臨時休校でも部活動はやってもいいかどうか顧問の先生に聞いて、冷たくあしらわれたらしかった。
 そりゃムリだよね。
 体育館にあんな巨大魚がいたんじゃあ。
 それが臨時休校になった本当の理由かどうか、僕には確かめようがなかったけれど、姉ちゃんの不機嫌の理由だけは分かった。だいたい常識的に考えて、臨時休校なのに部活動をやるなんて変。根っからのスポ根なんだ。
 そして夜が明けて、僕は昨日とまったく同じようにリビングで朝ごはんを食べていた。
 今日は朝練のために早く出る姉ちゃんが、最後にカバンを取りにリビングに戻ってきたとき。
「ギャーッ! おかあさーん!」
 と、いきなり叫んだ。それも僕の顔を見て。
「なあに、朝から騒々しいんだから」
 と、台所から顔を覗かせた母さんも立ち止まった。
「なに? なに?」
 2人とも、僕の顔を見て止まっている。僕は自分の顔に何かついているのかと思って、リビングにあるガラス窓に自分の顔を映してみた。でも別段、変わったところなんてない。いつものポヤーンとした顔があるだけ。
「別にどうもなってないじゃん。何なの、2人して」
 そんな僕を、姉ちゃんは後退りするようにして置き去りにし、母さんはホホホなんて笑い方をして台所に引っ込んだ。父さんはもう出勤していて家にいなかった。
 変なの、と思いながらも、うちの家族が変なのはいつものことのような気がして、僕はすたこら学校に向かった。
 ところが、変なのは学校に着いてからも続いた。
 まずは仲の良い梅崎くんが「おまえ、なんか」と言ったきり絶句してしまい、僕の横を通り抜けた女子が「きゃー」と言い、そして極めつけは豊橋さん。
 先月もらった義理チョコのお返しをした時のこと。
「なんか、小日向、雰囲気変わったね」
「そうかなぁ?」
「うん、絶対に違う」
 豊橋さんは僕を、なんだかテレビの中の俳優さんでも見ているように、瞳を輝かせて眺めている。その時は廊下だったから、すぐ傍の窓ガラスで見てもやっぱりいつもと同じポヤーンとしている顔で、僕は不思議でしょうがなかった。
 そんなわけで、首をひねりながらやって来たのは蒔田の家。
 いつものおとぎ話に出てくるようなレンガの家の、玄関ドアを開けてくれたのは、珍しくS私立の制服を着ている蒔田だった。学校から帰った直後だったらしい。
 でも蒔田は僕の顔を見て「わッ」と言ったきり、しばらく立ち尽くしていた。
「ねえ、あの、僕の顔に何かついているのなら、正直に言ってくれない?」
 もう僕はここに来るまでに、何度も色んな人にそんな態度を取られていたせいで、メソメソと泣き出したい気分だった。
 すると蒔田は息を吐いて、ようやく蒔田らしくアハハと笑った。
「小日向、きみさー、ムラサキに“ちゅー”されたろ」
 ちゅーという表現にギョワッとなりながらも、僕は昨夜のことを思い出していた。

 
 
 
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