★+-++-++ 3月14日の花冠 ++-++-+★
   
 
 
 僕は、姉ちゃんが電話を切ってからも、母さんがドアを開けて「そろそろ寝なさいよ」と言ってからも、起きて机に向かっていた。
 それも部屋の電気を落として卓上ライトをつけて、もう寝たような偽装工作をしてまで。
 気付けば時計の針は12時をこえて、日付がひとつ進んでしまった。
 さすがにちょっと疲れたなぁと思って、それは僕が首をゴリゴリ回していた時のことだった。
 コンコン、というノックの音が、ドアの方からじゃなく窓の方から聞こえてきた。
 怖がりの僕は全身を心臓のようにドキドキさせて、でもこのまま聞こえなかったフリをしてもしも窓の外が大変な……たとえば窓いっぱいにゾンビの顔がくっ付いているような……ことになっていたらそれこそイヤだったので、思い切ってカーテンを開けた。
 そこには、ゾンビの顔じゃなく、ニタリと笑うムラサキさんの顔があった。僕の部屋は1階だから、別に浮いているとかそういうことじゃなく、普通に立って。
 でも僕はドキリとした。
「ムラサキさん……」
 どうしてこんな時間に。不思議に思いながら僕は窓を開けた。途端に、春とは言いがたいヒヤリとした風が吹き込んできて、僕の首筋をかすめて抜けていった。
「あの、昼間はごめんなさい」
 僕はムラサキさんに謝った。ありがとうも言わずに逃げ出したりして。
 あの時、僕が泣いてしまいそうになったのは、何もかもが駄目になるような気がしたせい。
 僕はどんなものをプレゼントすればいいのか分からなくて、途方に暮れて、小鳥さんに本をもらって、それが特別な意味を持つものだと知って、どうしても、どうしても、プレゼントするならこれじゃないといけないと思い込んでしまった。
 3月の花冠。
 魔女にとって特別な意味のある冠。
 その冠を頭に載せることの出来た魔女は、春の精から祝福を受ける。
 魔女にとって大切な心が決して夏のように熱くなりすぎないように、魔女にとって大切な力が秋のように枯れてしまわないように、魔女にとって大切な瞳が冬のように凍り付いてしまわないように、春の精から祝福を受ける。
 小鳥さんからもらった本にはそう書いてあった。
 だから僕は、どうしてもその冠をプレゼントしたかった。先月、素晴らしい魔法を見せてもらったお礼に。
 それが駄目になったことで、僕はショックを受けたんだ。
 だってさ、その冠以上に素敵なプレゼントは思いつかなかったし、朝から『ムラサキさん追跡作戦』なんて立ててもまったくその通りにはならなかったし、ようやく小鳥さんに本をもらって道がみえてきたと思ったら……。
 ガックリしちゃうよね。
 でもそれ以上にたぶん、僕は、プレゼントするということに張り切りすぎていたんだ。
 小鳥さんに、あんなに忠告されていたのに。
 僕は自分本位になりすぎていた。このプレゼントなら、絶対に喜んでくれるって思い込んだ。他のことなんか考えもしなかった。
 挙句、ムラサキさんにありがとうも言わずに逃げ出して。
 もし、春の精が現れなかったら。もし3月の花冠が出来なかったら。きっと僕は本をくれた小鳥さんに対しても、ひどいことを思ったのかもしれない。
 プレゼントすることって、そんなことじゃないよね。
 もっと、気持ちの余裕をもってすることだよね。
「昼間はごめんなさい。それから、助けてくれてありがとう」
 僕が頭を下げると、ムラサキさんはどうして僕が謝るのか分かっていないように首を傾げて、でもニタリと笑った。
 笑った後で僕の手を取り、ムラサキさんは僕の手の上でシュルルルーと、紫のヘビ状になった。どうしてムラサキさんがヘビ状になったのか、理由は分からなかった。
 紫のヘビ状になったムラサキさんは、何を思ったのか、突然、僕の親指をペロリと舐めてきた。
 くすぐったい、と思った時にはもう、ムラサキさんはいつも通りの人の姿に戻っていた。
 たったそれだけのことだった。
 それだけのこと。
 だけど……。
 それとみんなの反応と、どんな関係があるの?


☆★☆


「つまりさ、ムラサキに“ちゅー”されるとね、竜族の特別な力がちょっとだけ残るのか、その人がすごく魅力的に見えるんだ。20時間くらいは」
 ちゅーっていう表現は、なんて言うか、あんまりにも乱暴な表現じゃないかなとか僕は思っていた。何だかそう言われるたびにギョワッとなっちゃうんだ。
 でも他の表現で何かいいものがあるかと聞かれれば、僕は頭を抱えて唸ってしまうだろうから、あえて突っ込まないけど。
「ところで、ムラサキさんは?」
 蒔田にダイニングに通されて、制服姿の蒔田に冷蔵庫から出されたオレンジジュースを注いでもらいながら僕は聞いてみた。いつもならすぐにムラサキさんが現れて、色んなお菓子を出してくれるのに。
 別にお菓子が食べたいわけじゃないんだけど、姿が見えないから、不思議に思ったんだ。
「んー、今日はたぶん夜遅くにならないと帰ってこないと思う」
 チラリと、壁に貼られたカレンダーを見て蒔田は首をすくめた。毎年そうだから、と慣れている風に続けて自分の分のオレンジジュースを一息に飲み干した。
「ところで小日向、さっきから気になってたんだけど、それさ、なに持ってるの?」
「あ、これは……」
 僕は家から持ってきた紙袋を、ダイニングのテーブルの上に置いた。どうしようかなと一瞬考えて、預けた方がいいのかなとか考えたけれど、やっぱり聞くことにした。
「あの、紅絽子ちゃんは?」
「ん? 後ろにいるよ」
 蒔田は新しいジュースを注ぎながら、顎をヒョイと動かした。振り返ると、ダイニングの入口に紅絽子ちゃんが立っている。いつの間に来たのか、僕はまったく気付かなかった。
 紅絽子ちゃんはスーッと、床に足を付けていないみたいにダイニングを移動していって、蒔田からジュースの入ったグラスを受け取っている。
 僕を見ても、姉ちゃんや母さんや梅崎くんや豊橋さんや蒔田みたいに、ギャーッとかワッとか声を上げることもなく、止まることもなかった。
 まぁいつもムラサキさんと一緒で慣れているんだろうし、もしかしたら魔女には竜族の特別な力は効かないのかもしれないし、ね。
 ――って、僕ちょっと残念に思ってる?
「あ、あのね」
 僕は内心の動揺を押し隠して、なるたけさりげなく見えるように、紙袋を紅絽子ちゃんの方にそっと指で押しやった。
「これ、あの、先月の、バレンタインの、お礼って言うか」
 僕が心臓をドキンドキンとさせて、自分の中の気合を総動員してやっとの思いで言ったのに、蒔田ったら、横からサッと紙袋を取ってしまったんだ。
「へえー、なになに?」
 こういうところがやっぱり蒔田もお兄ちゃんだ。
 でも、蒔田が紙袋を覗こうとした途端。
「ぬっ」
 と言って、蒔田はそのままの姿勢で固まってしまった。一時停止ボタンを押したみたいに。
 固まってしまった蒔田から紙袋を取ると、紅絽子ちゃんはまったくの無表情で僕の持ってきた紙袋を覗いた。そして、中のものを引っ張り出した。
 僕はその紅絽子ちゃんの一連の動作を、もう、あの、どう説明したらいいのか分からないけど、早く見て欲しいと思う反面、あわわ見られちゃうよ、ほんとにこれでよかったかな、喜んでくれるかな、だめだったらどうしようという、何だかもう、その少しの間だけでグッタリと疲れちゃうくらい、気持ちがブランコに乗ったみたいに揺れ動いた。
 紅絽子ちゃんが紙袋から引っ張り出したのは、1冊のスケッチブック。
 ちゃんと表紙の部分に、『紅絽子ちゃんへ』と大きく書いた。
 中は、そう、僕の作った絵本。
 前に、紅絽子ちゃんと蒔田がナキキイロカガチのことでケンカした時に、紅絽子ちゃんに話した“カーラのお話”、他にもスケッチブックいっぱいに僕は絵本のお話を書いた。
 僕なりの……僕の唯一使える魔法。
 それが、絵本だったから。
「あの、こんなのでごめんね」
 僕が恐る恐る紅絽子ちゃんの反応を窺うと、紅絽子ちゃんはスケッチブックを指先でそっと撫でて――
「わっ」
 僕はビックリしすぎて、口を開けたまま閉じるのを忘れた。
 なんと。
 紅絽子ちゃんがスケッチブックを撫でると、スケッチブックの中から、僕の描いた絵が次々と飛び出してきたんだ。
 紅絽子ちゃんは僕の描いた絵を、ダイニングいっぱいに、まるで花びらが舞うみたいにヒラヒラ飛ばした。カーラやカーラのお兄ちゃん、それに実は紅絽子ちゃんがモデルだったりする小さな魔女の絵も、ひらり、ひらり、まるで踊っているみたいにダイニングを動き回る。
 まるで生きているみたいに。
 紅絽子ちゃんは、僕の作ったキャラクターたちに命を吹き込んだんだ!
「すごい!」
「紅絽子、ね、ちょっと、これ、魔法、解いて。ヲレも見たい。上のやつ、どんな風に動いてる?」
 まだ固まったままの蒔田は、必死になって紅絽子ちゃんに魔法を解くようお願いしている。蒔田が固まったのは、やっぱり紅絽子ちゃんの魔法のせいだったんだね。
 僕はそれがおかしくって、ううん、それ以上にこの胸のワクワクがどうしていいか分からないくらい膨れ上がってハイテンションになって、笑いが止まらなかった。
 感動と驚きと、その楽しくて華やかで夢のような光景に、僕は胸がいっぱいになった。
 そして、その光景に見とれている僕の隣で、紅絽子ちゃんはこしょこしょっと、いつものあの小さな声で言ったんだ。
 ありがとうって。
 それだけで僕は――
 今すぐにでも飛び上がって踊れると思った。空中で、僕の絵本のキャラクターたちと一緒に!
 僕は絵本を描いてよかったと思った。何もかもが輝いている。そんな光景に誇らしくもあった。それはまるで自分の頭に、特別な冠を載せてもらったような気持ちだった。
「僕の方こそ、ありがとう」
 僕は紅絽子ちゃんにそっと言った。恥ずかしくて、紅絽子ちゃんの方は向けなかった。だから紅絽子ちゃんがその時どんな表情をしていたのかは分からずじまい。
 でもいいんだ。
 いつか3月の花冠をプレゼントできたら、その時には……。


 特別な冠はきっと、そう、春の精だけがかぶせてくれるものじゃないよね。
 祝福は、すべての存在のためにあるんだ。

 
 
 
next episode  

 

ホワイトデー企画、いかがでしたか?
誰もが求める特別な意味のあるもの、
見つけたらプレゼントしたいと思うけれど、
それは何も特別なもので出来ているとは限りません。
それはもしかしたら、ただ一途に祝福を願う
心からの気持ちで出来ている、かも。

(2007.03.14)
 

 

 

 

インデックス           小説置き場           妖精使いと過ごす日々の目次