「 Trick or Treat !」 ドアが開いた瞬間、僕たちはそう叫んだ。夜の闇を押しのけるくらい、元気いっぱい大きな声で。 今日は10月31日。ここのところ日本でも定着しつつあるハロウィンの日。もうひとつ言えば、今日はおおっぴらに夜の町を歩ける日。ドキドキして、ワクワクして、怖がりの僕はちょっぴりビクビクしながら、ドアを叩いたのだった。 Trick or Treat ―― お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ。 そう言われたドアの向こうのその人は、細くて白い腕を腰に当てて、もう片方の腕をヒラリと横に動かした。 「さぁ、思う存分いたずらしておいき」 「えーっ!?」 普通はお菓子を差し出されるのに……。ビックリしている僕の隣で、蒔田がおなかを抱えてアッハッハと笑い出した。 「じゃあ遠慮なくいたずらしちゃえー!」 蒔田はたぶん、突進しようと思ったのだろうけど、ドスッとドアの横にぶつかって顔を押さえた。イタタという小さな声が聞こえる。 「何やってんだい、慌てなさんな」 あきれたような声、小鳥さんだ。僕たちはハロウィンの仮装をして、小鳥さんの家までやって来たのだった。 白いシーツをかぶって、オバケの扮装をした蒔田。どうやら前がよく見えないらしい。ドアにぶつかったのも、そのせいだと思う。シーツには一応小さな穴が開いているのだけど、ちょっと小さすぎたのかも。さっきから何度も転びそうになっていた。 「おや、今日は赤い鳥じゃないんだね」 僕を見て、小鳥さんが言った。最初に小鳥さんと会ったとき、僕はべにほほあかっきの卵を食べていて、赤い羽根を生やしていたのだ。 「今日は黒猫の仮装かい?」 「黒猫じゃないよ、化け猫です!」 僕は顔だけが出た黒い猫の着ぐるみを、ニャーッという風に動かしてみた。小鳥さんはケラケラ笑って「かわいいもんだねぇ」と言う。ぶぅ。かわいいと言われたくないお年頃なのになぁ、もう。 本当はこの猫の着ぐるみは、姉ちゃんが着る予定だったんだよ。それなのに、僕の姉ちゃんときたら「こんなの動き難くてイヤだわ」なんて、骨がたくさん描かれているガイコツの衣装を着て、さっさと出かけちゃったんだ。そっちが僕の衣装だったのに! 「おやまぁ、今日はまた可愛らしい女の子を連れて」 小鳥さんが膝を折って、こんばんはと挨拶をしている。小鳥さんの前で、ペコリと黒い帽子が前に揺れた。紅絽子ちゃんだ。黒い帽子に黒いワンピース、それにほうきを持って、魔女の扮装をしている。 魔女が魔女の扮装をしているなんて、ハロウィンって面白いよね。 「さぁさ、中へお入り。あなたも」 最後に小鳥さんは、僕たちを招き入れながら、ムラサキさんに目を向けた。その目は愉快そうに細められている。 「子供に付き合って大変かと思えば、楽しんでそうだねぇ」 ムラサキさんは吸血鬼の扮装。蝶ネクタイのタキシードを着て、黒いマントをひるがえしている。ここまで来る間に、すれ違う女の人みんなをキャアと言わせてきた。驚かせたわけじゃなくって、頬をピンクにさせてきたんだよ。 それがちょっぴりエヘンという風でもあり、ちょっぴりイジイジという風でもあり。本当はね、とっても羨ましいのだった。いつか僕もそんな風になりたいなぁーなんて思ったりして。
僕たちは広い小鳥さんの家の南側のリビングで、ワイワイ言いながらお茶を飲んでいた。お茶を用意したのは小鳥さんじゃなくて、ムラサキさん。ムラサキさんは、お茶以外にラズベリージャムのついたパンケーキをいくつも作ってきていて、みんなでそれを食べた。 蒔田はシーツをかぶったままそれを食べているものだから、オバケの口のところがラズベリージャムで赤くなっている。何だか、どんどん不気味に……。 ……僕、帰りは蒔田の方を見ないようにしよう。きっと暗闇で見たら、ギャッと声を上げてしまう。 パンケーキを食べ終わったところで、小鳥さんが古いトランプカードを出してきて、そこから突如《第1回ポーカー大会》が始まった。 それがもう、紅絽子ちゃんがべらぼうに強くてビックリした。静々と無言でポーカーフェイスのまま、ロイヤルストレートフラッシュを切ってくるんだから。 僕たちは「うわー」と頭を抱えるしかない。 「紅絽子、おまえ、魔法を使ってないだろうね」 しまいには蒔田にそう言わせてしまうくらい。 紅絽子ちゃんは無表情のまま首を振っていたけど、本当に魔法を使っているんじゃないかと思うくらいに強かった。 蒔田もオバケのシーツをかぶっていて表情がそれほど読めないのに、嬉しい時は身体が小刻みに揺れるものだから、すぐに分かる。 そして何度目の勝負の時だろう。僕はワンペアで早々に勝負から手を引いた。小鳥さんと蒔田は打倒紅絽子ちゃんで大盛り上がり。ムラサキさんはニタリと笑いながら、カードを配る係りを務めていて。 僕は、何となく言い出しづらくてソッと席を立った。ムラサキさんが気付いて視線を送ってきたけど、大丈夫と笑みを返した。 実は、トイレに行きたくなったんだ。 明るくて賑やかなリビングを出ると、そこはもう異世界だった。 大げさなようだけど、真っ暗でシィンとしていて、時々、蒔田や小鳥さんの笑い声がワッと響いてくる。それがまた安心するようで、オバケ屋敷の仕掛けのようにビックリしてしまうんだ。 いつものビクビクダンスを繰り返す心臓に、大丈夫大丈夫と言いながら、僕は廊下の壁に手をついて歩いていった。廊下の壁に手をつくのは、そうすると安心するというか、確かなものを触りたいというか……。でももしその手を引っ張られたらなんて思って、急に壁から離してみたり、でもやっぱり不安になってついてみたり。 なんとかトイレにたどり着けて、ホッとした。 でもその帰り道のこと。 何か白いふわーっとしたものが、僕の視界の隅を通っていった。蒔田かな? 蒔田もトイレに行きたくなったのかな。そっちは違うよ、蒔田。トイレはこっちだよ。 なんて思っていたら、その白いふわーっとしたものは廊下の天井まで浮かび上がったのだ。 「ぎゃーっ!」 僕は長い廊下を一目散に、リビングの明かりを目指して走った。猫の着ぐるみは、姉ちゃんの予想したとおり、とても動きにくかった。 ほとんど転びそうになりながらリビングに入ってきた僕を、みんなが見詰める。みんなが揃って僕を見詰める。みんな、そう、蒔田はそこにいた。やっぱり、あれは蒔田じゃなかった! 「出ちゃったよー!」 そう言った僕を、蒔田がアハハと笑う。 「小日向ってば、そんなこと報告しなくたっていいのに。あっ、もしかしてその着ぐるみのせいで間に合わなかったの?」 蒔田ったら、頭は良いくせに、どうしてこういう時だけ思わずムウゥッとなるくらい鈍感なんだろう。 「そうじゃないよ。出たんだ、何か、こう、白くて……」 僕の言葉の途中で、紅絽子ちゃんがスゥッと、僕の背後を指差した。その無言の仕種だけで、僕はギャッと声を上げてしまった。もうね、正直に白状しちゃえば、気絶しそうだった。 怖くて振り向けない僕の代わりに、蒔田が駆け寄ってきて廊下を覗き込んだ。 「あっ、ハネトビハクエ!」 そう呼ばれたそいつは、オバケの仮装をしている蒔田のもとへヒュンと飛び込んだ。
「この2日くらい、どうも家の中に気配を感じていたんだよねぇ」 小鳥さんは特別驚いた風でもなく、そう言った。小鳥さんの家はとても広いから、時々野良猫が迷い込んでくるんだそう。それで今回もそんなものだろうと思ったらしい。 ハネトビハクエは、蒔田の腕の中で小動物っぽく震えている。 明るいところで見ると、それは小さなクラゲのような形をしていて、クラゲと違うのは足というのか触手というのか、それが上に向いて生えているところ。まるで逆立った髪の毛がゆらゆら揺れているみたい。 「ハネトビハクエはすごく怖がりの妖精でね、普段は群れで行動しているんだよ。ハネトビハクエの群れって、すごいんだ。雪の降る夜によく見えるんだけど、白鳥の群れが空を飛ぶみたいに、みんなで揃って同じ方向に動いていく。よく吹雪の時なんて雪が集合して舞っているように見える時があるけど、あれって本当はハネトビハクエなんだ。鳴き声があるわけでもないのに、一糸乱れずに飛ぶ、その団結力ったら本当にすごいんだよ」 蒔田はツラツラと解説していた言葉を、少し心配そうに弱めた。 「昔はハネトビハクエって、雪女の着ている白い着物の、振袖の一部だと思われていたらしいよ。主に雪山に生息する妖精なんだ。きっとこいつ、群れからはぐれちゃったんだね」 オバケの仮装をした蒔田は、白いシーツの手でハネトビハクエを撫でている。ゆらゆらと、上に向かって生えている足なのか触手なのだかが、蒔田の手に巻きついたり離れたりして。 何だかとても淋しそうに見えた。 蒔田が僕の視線に気付いて、ちょっと肩をすくめてみせた。 「この小さな手で、みんなが手をつなぎあって飛ぶんだよ。はぐれないように、バラバラにならないように。ハネトビハクエは仲間をとても大切にするんだ。きっと群れの方でも心配しているだろうね」 そのとき、カタンという音がした。 蒔田に言われてハネトビハクエの群れを探しに行っていたムラサキさんが、窓の外に戻ってきていた。ニタリと笑って、窓ガラスを叩いている。 小鳥さんが席を立って、窓の方へ歩いていった。いわく付きのあの窓はまだ直していないみたいで、ガタガタ音を立てるばかり。 そして、今度も、ドン――と新幹線もビックリなスピードで窓枠を滑った窓ガラスは、いつかのようにまた外側へ落っこちてしまった。 「いやんなるねぇ、この窓は、毎回毎回」 小鳥さんが窓ガラスを拾おうとしたのを、ムラサキさんが身振りで止めている。 その瞬間。 ゴオッとものすごい風が吹いてきて、部屋中のものを巻き上げていく。トランプカード、紙ナプキン、紅絽子ちゃんは魔女帽子を飛ばされないように両手で押さえている。 部屋はまるで白い竜巻が起こったように、真っ白になった。 ハネトビハクエの群れだ。 その白い群れは、回転しながら少しずつ、蒔田の腕で震えているハネトビハクエに近付いていく。風が強くて目を開けているのもやっとなんだけど、よく見ると、ハネトビハクエの群れから細く白い手が伸びていた。 その手へ、蒔田の腕にいるハネトビハクエが小さな白い手を伸ばす。 近付いたり遠のいたり、家具にぶつかって回転がおかしな風になったり、タイミングが合わなかったりで、なかなか手がつなげない。がんばれ、がんばれ、僕は思わず心の中で応援していた。 そして。 とうとう、ハネトビハクエの白い手が重なった。一段と強くなる風。ゴオオッと色んなものを巻き上げながら、ハネトビハクエの群れが窓から空へと飛び立っていく。 「あー、ヲレのオバケの衣装が!」 どうやら蒔田の腕の中にいたハネトビハクエは、オバケの仮装をしていた蒔田も仲間だと思ったらしく、その小さな白い手はシーツをしっかり掴んで離さなかった。窓の外、白いオバケも飛んでいく。 今年、もしハネトビハクエの群れに出会う人がいたら、吹雪の中、ラズベリージャムで口のところを汚したオバケを見るかもしれないね。 飛んでいった白いシーツとハネトビハクエの群れを、僕たちは窓辺に立って見送った。ムラサキさんは窓の外で、落っこちた窓ガラスを持って。 僕たちはみんな、ハロウィンの夜に訪れた束の間の出会いと、あっという間の別れを惜しんで、しばらくは誰も口を開かなかった。 そして夜の闇の向こうへと白いオバケもハネトビハクエも消えてしまってから、小鳥さんがため息混じりに言った。 「確かにね、思う存分いたずらしておいきとは言ったけどさ、ここまでしっちゃかめっちゃかになるとは思ってもなかった。とんだハロウィンだよ」 風で巻き散らされた部屋の惨状を眺めて、小鳥さんはトホホという風に首を振った。 僕と蒔田は「あちゃー」という風に顔を見合わせて、だけど我慢できずに笑ってしまった。ほんと、思う存分いたずらされたみたいな有様だったんだもの。 紅絽子ちゃんは、あの魔女の仮装のまま床に魔方陣を書こうとしていて、慌てて蒔田に止められていた。またいつかのように、散らかったものがすべて異次元に消し去られてしまったら大変だ。 そんなこんなで、最後はみんなでお片付け。 でもそれもまた楽しいハロウィン。部屋を片付けたら、ムラサキさんが心まで温まりそうなかぼちゃのスープを用意してくれて、みんなニコニコ。 こんなに楽しい日が、1年に1日しかないなんてもったいないよね。 毎日がハロウィンだったらいいのに、ね。 |
| ハロウィン企画、いかがでしたか? やっぱりハロウィンと言ったら妖精ですよね。 ハロウィンの日に関係の深い、妖精シー、 どんないたずら妖精なんでしょうね。 (2005.10.02) |
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